Ⅰ進級試験の狼 1

4/4
前へ
/306ページ
次へ
 会話が弾む間に、ケーキの城は順調に攻略されていく。  午後四時を報せる鐘が鳴った頃、満腹の安心感か、不意に会話が途切れて自然と皆の視線が私に集まった。最初に『彼の様子がおかしい』と言ったきり、黙々と口にケーキを運んでいたので心配させてしまったのかもしれない。  私は最後に大事にとっておいた大きな苺を見つめながらフォークを置いた。ナパージュで真紅に艶めく苺が、お皿の上でぐったりと傾いでいる。 「上手く言い表せないんだ。違和感というか……。でも、他の皆が特に何も思わないのなら、変わったのはアルじゃなくて私の内面なのかもしれない」  私とアルの間には最初から甘い恋など存在しなかったように思う。或いは、私の知らないうちに摘み取られてしまったのだろうか。気付いた時には、ぐずぐずに煮潰した真っ赤なジャムの中で溺れていた気がする。  口の中に残る甘さに鉄錆の味が混じったような気がして、無理やり苺を放り込んだ。
/306ページ

最初のコメントを投稿しよう!

65人が本棚に入れています
本棚に追加