0人が本棚に入れています
本棚に追加
病院に行ったよ
「動物病院ってこの時間、開いてるかな?」
「今から行く気?」
「うん。ちっとも動かないし、家に入れるんだったら、ノミとかの確認もしなきゃいけないし、それだったら動物病院で薬とか貰ってきたほうがいいし」
私と母親は車で数分の動物病院に行く。診察終了の十分前に動物病院に到着した。間に合って良かった。ホッとした気持ちで入口に入り、受付の女性に説明をして診察カードを作ってもらう。
一度、病院から出て、車から猫が乗ったお菓子の蓋を持つ。母と一緒に病院の中に入ったところで困惑する。お菓子の蓋ではあまりにも変。それに、椅子に置くわけにもいかない。仕方なく床にお菓子の蓋ごと猫を置いた。オシッコをこんなところでしないでね。念じながら猫を見るが、猫はじーっと座った姿勢を崩さない。
動物病院で待つこと数分。思ったより早く呼ばれて診察室に入る。診察台の上に猫を置いて、先生に見せる。
「この子猫なんですけど、殆ど動かなくて調子が悪くて死にそうなんです」
私が言うと、先生は診察台の体重を確認してから、じーっと猫を観察する。
「この子、子猫じゃないよ。間違いなく大人だね。どれどれ」
先生は若い助手の女性に猫を抑えさせると素手で口元を確認する。
「ああ、口内炎が酷いねぇ。それと、うん。あ、そうか。多分、六~七歳だね」
「えっ? 六ヶ月ですか?」
「いや、六歳とか七歳かな。人間で言ったら初老だね」
私は呆然とする。だって、軽々と持てる重さだ。前に飼っていた猫は、十八歳でも6kgもあったんだよ。
「体重は1.6kgだね。鼻も詰まっているようだし病気のようだね」
先生はそう言いながら猫の背中の皮膚をつまむ。元に戻る時間が長いほど、水分が足りないのだ。これも前の猫のときにやっていたから知っている。
「とりあえず、点滴で良いかな。それにしても、この子、前からこんな感じだったの?」
「え、はい。いえ、実はこの猫、さっき拾ったんです。道端で動かなくて轢かれそうになっていて、見捨てたら死んじゃうな。って思って。子猫なら、少しすれば回復するだろうって」
「ああ、保護してくれたんだ。ありがとうね。治療はどうする? 一万円くらいはかかっちゃうけど」
「大丈夫です。お願いします」
私が頭を下げると、先生は点滴の準備をする。その横で助手の女性が革手袋をはめて猫を抑える。猫の点滴は皮下注射なので楽だ。人間の点滴とは違いそれほど時間がかからず終了する。けれども、先生はすぐには猫を開放しない。
「耳にダニはいないねぇ。かなり綺麗だよ。あと、ちょっと、このギザギザが少し気になるなあ」
先生が触っている耳の先っぽは少しばかり三角に切れている。
「カラスにでも齧られたんでしょうか?」
「いや、避妊手術をするとき目印に耳を切るんだよね。でも、これだとちょっと中途半端だから、マーキングなのか自信がないな。お腹もちょっと切った後っぽいのがあるんだけど、ちゃんと診てみないとわからないなぁ。もし、避妊手術をしたくなった時に正式に確認すると良いと思うよ」
「ところで先生、シャンプーとかできますか?」
母親が話に割り込んできた。私も気になっていたが、野良猫だからか少しだけ汚れている。
「出来るけど猫だからねぇ。麻酔をかけないと難しいかな。でも、この体重で麻酔するのは良くないから、実際にはちょっとね」
「でしたら、ノミ取りとかはどうすれば良いんでしょう」
「そうですね。それもしておきましょう」
助手の女性が持ってきた薬を猫にかける。
「一日で効果は出ますから安心してください」
「ありがとうございます」
「それと、抗生物質を出しておきますね。飲まないと思いますので、食事に上手く混ぜて与えてください」
食事ができれば良いんだけどなぁ。と思いつつ私と母親は先生に頭を下げた。そして、猫を連れ出す際、先生が思い出したかのように声をかけてくる。
「あと、気づいているかもしれないけど、この子は雌だよ」
再び先生にお礼を言ってから診察室を出る。もう、診察時間はとっくに過ぎていると思いながら待合室で座っていると受付に呼ばれた。
「一万四千円です」
受付に言われて私はショルダーバッグから財布を取り出す。母の財布をあてにしていたんだけど、と思いつつも母は猫と一緒に車に戻っている。給料前で痛い出費。だが仕方がない。軽い財布からお札を取り出そうとした時、受付に先生が現れた。
「さっき、一万円って言ったから、一万円で良いですか?」
「えっ?」
ありがたい提案に、すぐにハイとは言えずに間抜けな声を出す。
「でも、診察していただきましたので」
「その子は保護してあげたんでしょ。でしたら、私から保護猫ちゃんへのカンパと思ってください。あ、一万円はお願いしますね」
私はクスッと笑ってから一万円を受付の女性に渡す。レシートと抗生物質を貰ってから何度も頭を下げた。お金だけの問題じゃない。この子を拾ったことを認めてくれたような気がして、胸が苦しくなる。
動物病院を出た私はエンジンがかかっている車に乗った。
「明日、会社休めるの?」
「ちょっとね。色々と買いたいものがあるからお願いね」
「はいはい」
母親は生返事をしながらハンドルを握る。助手席にいる私のことを見ようともしない。前方を睨むように見て安全運転に注力していた。
最初のコメントを投稿しよう!