0人が本棚に入れています
本棚に追加
シアタールームに入ると、そこには誰一人観客はいなかった。観客がいなくても上映するものなのかと不思議に思いつつ、足下の光りを目印に座席を目指し進んでいく。必死に目を凝らして座先の番号を確認し、俺は椅子に座った。
ふかふかの座椅子で、仕事終わりの俺の眠気を誘う。暗い画面ばかりのこの映画は、俺の記憶のなかだとクライマックスにさしかかっていた。雨が降りしきるなか、ビルの中や屋上を必死に逃げ回るさえない風体の主人公。それを追いかけるどうみても敵の悪役。どうやってこの敵役を倒すんだっけ。思い出せなくて、ぼけっと画面を眺める。ふわあ、と欠伸もでてくる。俺の持論としては映画の途中で眠くなるというのは、俺自身が悪いわけじゃなくて、映画が面白くないためだ。以前、俺は何度が寝落ちしそうになりながらこの映画を見た記憶が蘇る。
「やっぱ、映画館はいいよな」
本来なら独り言など顰蹙ものだが俺は一人呟いた。映画館は辛い現実から自身を切り離してくれる空間だ。家でみると周りの雑音に邪魔される。映画館で普通料金だと千八百円もするのに金を払って映画を見るのは、その雑音に邪魔されないためだ。俺は映画を見て、このクソみたいな現実から逃避をしたかった。例えその映画が、クソのような映画だったとしてもだ。眠気に耐えながら見ていると、主人公がビルから落ちそうになっていた。それを見下ろす悪役。さあ、ここからどうやって挽回するのか・・・・・・手を離し、落ちそうになった主人公の手を、悪役が掴む。血まみれの悪役が、凶相で主人公を睨む。あとから助けがくるんだっけな・・・・・・なんて朧気な記憶を辿っていたら、それは違った。悪役は、落ちそうになった主人公の腕を、しっかりと、まるで相手を助けるかのように強く掴んだのだ。
「・・・・・・え?」
悪役はそのまま主人公を引き上げ、ビルの床に寝転がす。俺は慌てふためくその映画の中の主人公のように悪役の行為が理解できなかった。悪役はゆっくりと主人公に近寄って、そばに座った。そして、優しげな声で語りかける。雨の中、悪役、いやその作品で必死に生きたその彼の言葉。大学生のとき、俺はその言葉を聞いてもなんの感慨も浮かばなかった。だが今、その言葉は俺の胸に迫る。一つ一つの言葉が、俺の頭に、胸に、俺の体の全てに染み渡っていく。気付けば映画は終わっていた。頬には一筋の涙が、エンドロールとともに流れていた。
最初のコメントを投稿しよう!