クビ宣告されたやさぐれ会社員は映画支配人の夢を見るか?

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「映画、どうでした?」    ビルの中にある空中公園。そのベンチで俺は一人コーヒーを片手に黄昏れていた。時刻はもう深夜十二時。急げば終電に間に合うかもしれないが、その元気は俺にはなかった。ベンチで一晩過ごそうかとも思っていた俺に、スーツ姿の男性が声を掛ける。その男性は、あの映画館で俺にチケットを半ば強制的に販売してきた羽柴と呼ばれていた支配人だった。 「・・・・・・よかったです。特に、最後のシーン」 「そりゃ最後のシーンしか見てないですからね」    クックックと男性は笑いながら俺の断りもなしに隣のベンチに座る。こんな夜更けになにをしているのだろうかと思っていたのが顔に出たのか「僕車通勤ですから」と全く見当違いな答えが返ってきた。隣に並んで座り、ぼんやりと噴水を眺める。あちらから話しかけてきたのに、話を続ける気が無い様子の男性に勝手に俺は気まずくなって、俺のほうから話しかけてしまう。 「なんであの映画をリバイバル上映しようと思ったんですか? もっと実入りのある作品とかあるでしょうし」    某有名アニメ作品とか、と口には出さずに伝えると男性は「僕が見たかったからですよ」と悪びれもせず答えた。 「あの映画を大画面で見たかったんですよねえ。本当はIMAXシアターで上映したかったんだけど流石に止められました」    グッと握りこぶしを締め、悔しそうなその男性は本当に映画が好きなのだと、俺は自然に思えた。この目の前の男性は本当に、本当に映画が好きなのだ。現実逃避として、映画が好きな俺と違って、映画が好きだから映画に関係のある仕事について、こうして自分の好きな映画を上映して・・・・・・俺とは大違いだった。俺は目を閉じる。会社をクビになって、俺はこれからどうしたらいんだろう。夢も資格も学歴も希望もない。あるのは五年ちょっとの職歴だけ。このコロナ渦の影響で就職状況も厳しいと聞く。明日から俺は、どうすればいいのだろうか。 「なんで最後のシーンよかったと思ったんですか?」    思考を明後日の方向に飛ばしていた俺に、男性はまた同じような質問を尋ねてきた。 「え、なんでって・・・・・・」 「よくアニメ特集とかで感動の最終回のシーン!ってだけ切り取られても別に感動しないと思うんですよね。僕もあのシーン大好きですけど、なんで君はそう思ったんですか?」    俺はすっと頬を指で擦った。そこには、涙の痕がうっすらと残っていた。一筋だけ流れたあの涙。昔、あの映画を見たときは流れたかった涙。男性に質問されて、俺はまとまらない頭でもう一度考えてみた。  「最後のあの悪役・・・・・・彼の台詞・・・・・・意味が全くわからないんです。意味が全くわからないのに、そういう美しい風景があるんだなって、彼がそういう体験をしてきたんだなっていうのはわかるんです。俺では想像もつかないような綺麗で雄大な風景があるんだなって」    リアルタイムで考えながら言葉を紡ぎ出す。それをその男性は口を挟むことなく、静かに耳を傾けてくれていた。 「俺、今日会社にクビ宣告されまして・・・・・・別に好きでも嫌いでもなかった会社でした。残業はあったし、上司は仕事しなかったし、同僚とはあんまりうまくいってなかったですけど、まあそんなもんかって思ってました」    きっと定年までこの会社で仕事して、人生終わるものだと思っていた。その間何をするかなんて、どう生きるかなんて、何も考えていなかった。 「俺、あの映画の、彼のように美しい思い出が、何にもないんです。あんな短い人生しか生きれない彼だって、そんな思い出を作ってるのに、それすらない。彼の思い出は美しく消えていくのに、俺にはそれすらない。その残滓さえ、ないんだ」    何もない空っぽな自分。そんな俺の語りを聞いていた男性は、考え込むような表情をした。 「僕の感想と全然違いますね。僕はあの台詞に、どんな個人が体験した美しい思い出も、大きな流れのなかでは、雨のなかの涙のように消えてしまう、その儚さを感じ取ったんです。その儚さに、僕は涙を流しました」    その感想に、カアっと顔が熱くなる。そうだ、それが当たり前の感想だ。そんな当たり前の感想に思い当たらないなんて、映画好きを名乗る資格なんてない。俺の涙は登場人物の儚さに泣いたわけじゃない。彼以下の人生を生きている俺自身を哀れんで泣いたのだ。大学生時代、あの映画に興味が持てなかった理由がわかった。未来の選択肢は無限にあると勘違いした自分に、やがて消えていく儚さを感じ取れるわけがなかったのだ。そしてそれは、社会人になった今でさえもだった。 「お、俺の感想っておかしいですよね・・・・・・凄い自己中で・・・・・・」  人と感性がズレている、とは何度か言われたことがあった。号泣必死といわれる映画を見ても泣けない、つまらない映画といわれてわざと見てみたら面白かった。爆笑ものコメディ映画にクスリとも笑えなかった。そんなことがごまんとある。やっぱり、俺はどこか変なのだ。変だから、人付き合いも上手く出来なくて、美しい思い出なんか一つもないのだ。きっとこれからもずっとそうなのだ。映画の彼のように、俺はその儚い美しさに触れることなく死んでいくのだ。  「俺、これからも彼のように美しい思い出なんか作ることできないんですかね・・・・・・それなら、生きてる意味ってある・・・・・・・」
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