クビ宣告されたやさぐれ会社員は映画支配人の夢を見るか?

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「君と彼の違いってなにかわかりますか?」    突然男性が俺の話に割って入る。すぐには思い浮かばなくて、俺は力なく首を横に振った。 「それはね、なにもないですよ」    男性はさも当たり前のようにそう言った。 「あの映画の彼は余命幾ばくもなかった。だからこそ、彼のあの台詞は真に迫っていた。でも、彼だってその風景の感動を目にしたとき、自分の寿命のことなんて考えてなかったはずです」 噴水の水がプシャーと沸きだす。それはまるで雨のようだった。すぐに噴水の水は消えていく。 「今までなにもないのなら、今からなにかつくればいい。簡単なことでしょ?」 「そ、そうですけど、そう簡単に・・・・・・」 「まずは興味あることを仕事にするのがいいんじゃないですか? 例えば映画とか」    急に告げられた言葉にドキンとする。確かに映画は好きだが、なぜそれをこの男性に認識されているのか理解できなかった。 「君、映画好きですよね。月一でうちにきてくれてたし。だからあの映画好きじゃないかってオススメしたんですよ」 「お、俺のこと知ってたんですか・・・・・・」    会社から一番近い映画館がここだったので、いつも息を切らしながら映画館に駆け込んでいた。確かに五年間毎月通っていたら覚えられても無理はなかった。 「SFとかアクションもの好きでしょう? あとアニメも。あの映画、どの要素も入ってますしね」    そこまで好みを把握されていて少し恐怖を覚える。そういえば一度だけR18の映画を見たことがあったのを思い出す。それすらも把握されていたら恥ずかしさで顔から火が出そうだ。 「毎月来てて映画の好みも合いそうでしたから感想合戦したかったんですよね。今の映画の感想一つとっても、僕と感じること全然違うじゃないですか。そういう人と、僕話合いしたいんですよね。でも一介の客と支配人とじゃ仲良くなるきっかけがなかなくて」    やれやれとオーバーリアクション気味に男性は肩をすくめた。 「だからこうしてナンパしてる訳なんですけど」 「・・・・・・え?」    俺の問いかけを男性はスルーすると立ち上がり、うーんと背伸びをした。しゃんとした背中は、しっかりとした社会人の印象を俺に与える。そして男性は振り向くと、俺に一枚のチラシを渡した。そこには『南波映画館アルバイト募集中!』と書かれていた。 「最初はアルバイトですけどゆくゆくは正社員登用もあるんでどうでしょうか? 今なら五つの特典もついてきますよ」    男性は俺の目の前で手を広げると「まずは映画を割引で鑑賞できる。たまに無料でも見れる」「舞台挨拶に来た俳優とも会える」「余ったグッズやポスターがもらえる」「アルバイト仲間が映画好きなので仲良くなりやすい」と言って小指を残して指を四本折った。そして男性はもったいぶって、ゆっくりと小指を下ろしていった。 「そしてリバイバル上映作品を選ぶ権利を与えます!」    ニコリと、またその男性は笑った。そしてやっと、俺はこの男性の顔を認識する。白いマスクで顔の全体は見えないが、俺より少し上の三十歳代ぐらいで、茶色の天然パーマが可愛らしい、優しげな男性だった。ボサボサ頭の俺を、男性は目を細め、慈しむように見つめていた。 「・・・・・・そこでなら、美しくて雄大な思い出作ることができるんですかね」 「できると思いますよ。自分の好きなものを仕事にするって、そういうことですから」    男性が手を差し伸べる。 「そういえば名前、名乗ってませんでしたね。僕の名前は羽柴走也です」 「俺の名前は・・・・・・池田・・・・・・・」    俺は大分間を取って名前を述べた。 「池田剣、です」    俺はその手を、しっかりと握った。未来に思い出を、リバイバルできると信じて。
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