必然の偶然

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必然の偶然

 発売されたばかりの本を買おうと、書棚に手を伸ばした。指が本に触れるより先に、誰かの指に触れられた。 「あ、これは失礼」  低いバリトンの謝罪が、心地よく耳に響いた。 「こ、こちらこそ……」  ほとんど反射的に顔を上げた朱音は、その端正な顔立ちに思わず見とれ、しどろもどろに返事する。 「あれ?確か総務部の……佐藤さんだっけ?」 「あ、はい。すみません、ケルスの方ですか」  涼やかに笑いかけられ、名前まで呼ばれた佐藤朱音は、驚いて目を見開く。  自身の職務は社外の人間との接点が少ないため、所属と名前を知っているのは、ほとんどが社内の人間である。 「うん。営業二課の瀬田清彦。僕のこと、覚えていない?この前、祖母の件でいろいろ手続きしてくれたよね」  そう言われて、初めて会話した時のことを思い出した。  一ヶ月程前、瀬田清彦は母方の祖母を亡くした。  瀬田は、祖母を自分の扶養に入れていたため、会社規定の見舞金の他、健康保険からも見舞金が支給される。しかし、瀬田が用意した書類は、会社のものだけであったため、健康保険の書類の記入と、証明書の用意を依頼したのだ。  会社の見舞金は、規定の申請書の他、家族の不幸を証明するものとして会葬御礼状のコピーで済むが、健康保険の手続きには、埋葬許可証や死亡診断書、もしくは除籍謄本のコピーなど、会葬御礼状とは別の証明書が必要になる。  そういった説明のため、朱音にしては珍しく、営業二課まで足を運んだ。 「ああ、あの時の……この度はご愁傷様で……」 「それ、前も言ってくれてるから大丈夫。それより、この本買うんでしょ。はい」 「ありがとうございます」  苦笑しながら差し出された人気作家の新作を受け取ると、朱音は頬の紅潮を悟られまいと、足早にレジに向かった。
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