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それから数ヶ月。
朱音と瀬田は、顔を合わせる度に、何かしら話をするようになった。天気の話や社内のことなど、二言三言言葉を交わすだけのこともあれば、昼休みの社員食堂で、本について話し込むこともある。
初めの頃は、瀬田と話す度に緊張していた朱音だが、次第に解れ、楽しいと思うようになった。総務部の同僚達から二人の仲を邪推され、からかわれることもあったが、読書の趣味が合うだけだと流した。まだ、そんな関係ではないのだ。今は、まだ……
そんなある日のこと。
「佐藤さん、もし嫌じゃなかったらでいいんだけど……」
いつも積極的に話しかけてくる瀬田にしては珍しく、少し遠慮がちな物言いだった。
「どうしたんですか、瀬田さん」
「これ、もらいものなんだけど……一緒に行かない?西野須奈」
「これって……」
そう言って瀬田は、映画館のプリペイドカードを差し出した。それは、同じグループ内の映画館ならどこでも使えるタイプのもので、どの作品にも使える。
「前に、話してたの思い出してさ。ドラマのことがあって、佐藤さんは、実写は見たくないかもしれないとも思ったんだけど……」
「いえ、映画の役者さんならイメージぴったりですし、監督も丁寧な描写が得意な方ですよね。私も、見たいと思ってました」
気付けば朱音は、瀬田の誘いを了承する返事をしていた。西野須奈作品はもちろん気になる。でもそれ以上に、瀬田が映画に誘ってくれたことを、素直に嬉しいと感じた。
「よかった。じゃあ、週末辺りどうかな。予定ある?」
「いえ、特には……」
予想外に早い日程を提案され、朱音は一瞬戸惑った。しかし週末は、せいぜい積ん読になっている本を読むくらいしか、予定はない。それは、予定が無いも同然である。
「今日の夜にでも、予約しておくね」
そうして二人は、時間や席の打ち合わせのため、連絡先を交換した。
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