博士の右腕

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俺の部屋にこつぜんと現れた奇妙なおじさんは、腕をくれるかわりにいくつかの条件を取り付けていった。 「まず一つ、君は水泳とはすっぱり縁を切り、これから猛勉強して、これと同じ義手を開発するんだ」 「もう一つ、この腕は君には見えるが人には見えない。周りの人に気づかれないように生活しなさい」 「もう一つっていっても、これは忠告になるね。君が腕の開発を諦めれば、腕は動かなくなり一生使えなくなる」 義手って手術が必要なもんだろう?何をどうしたのか俺にはわからなかったけど、了承した俺の肩をあれこれいじってさっと取り付けていったんだ。ここで俺はようやく気付いた。 「もしかして、未来からきたの?」 考えられないことだったが、そうとしか考えられない。この腕は今の技術で開発できるような代物じゃない。こんな義手があれば水泳をあきらめなくても良いじゃないか。 つけたばかりの義手は何の違和感もなく、思い通りに動いた。右手を開いたり閉じたりしている俺を、おじさんが嬉しそうに眺めている。 「この腕があれば、水泳ができるのに。それはダメなんだな?」 「他の人からは見えないということをよく考えなさい。それに腕の開発をやめるようなことがあれば、その腕は動かなくなるよ」 「どうして?どうして使えなくなるんだよ」 「未来から外れるからさ。その義手が存在しない未来へ君は歩むことになる。パラレルワールドという言葉を知っているだろう?まあ、それも君の一つの選択だけどね。さて、私はそろそろ戻らないと。君もご両親と食事をとりなさい。とても心配しているからね」 聞き分けのない子供を諭すように笑って男は机の引き出しを開ける。あっという間もなく引き出しの中へと姿を消した。急いで引き出しの中をのぞいてみたが、鉛筆やシャープペンシル、書類や通帳がぐちゃぐちゃに放り込んである、いつもの自分の引き出しだった。 「何?未来って、ドラえもんがいるわけ?」 自分の意志で自由に動く右腕に心を弾ませて布団を放り投げた。何が何だかわけがわからないが、心が軽くなったのは確かだ。水泳をやめるのは辛いがどん底の気分からは浮上している。本当に他の人に腕が見えないのかは疑問だったが、それを確かめるために両親の元へ顔を出そうと自室の扉を開いた。
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