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〜After Story〜
「またお前か」
「あぁ警部、お久しぶりです」
くたびれたスーツ姿の警部が太い眉をさらに強調するように険しい表情をしている。いつみても子どもたちには泣かれそうな外見だ。
「胡散臭いカウンセラーがよくもまぁ、毎回現場に居合わせるな」
「今月は一度も警部とあっていませんよ。それよりも殺人未遂をとめたんですから褒めてくださいよ」
「お前が住居不法侵入の犯罪を犯してなかったらな」
「もちろんです。僕は善意の通報者ですよ。彼女とぶつかった時、落とし物に気づいて追いかけたら玄関が不自然に開いていた。気になって中の様子を伺ったら物音と小さな叫び声がきこえたので慌てて中に入ると、夫を刺して我に返って震えている彼女を発見したってわけです」
まぁ実際は家も知っていたし、玄関の鍵はピッキングであけた。
「説明口調すぎる」
「事実ですよ。それより彼女はどうなります?」
「計画性はあったとはいえ、普段夫のDVがひどかったからな。今は後悔して犯行を認めているから情状酌量の余地は充分あると思うぞ。男の容態も衰弱しているが傷も命に別状はないそうだし。ひどく怯えているが自業自得だ」
回復しだい暴行罪でしょっぴいてやろう。と般若顔負けの悪い笑みを浮かべる警部。
「ならよかった。おまかせします」
「で、実際のところ、どうしてわかったんだ? あの奥さんが人を殺すんじゃないかって」
「そんなエスパーなことできるわけないじゃないですか。そうですね…。では警部に質問です。貴方は今笑っていますか?」
「なんだその気持ち悪い質問は」
こいつ頭大丈夫かという顔で後ろに下がる警部。
「貴方は今笑っていますか?」
「いい加減にしろ、しょっぴくぞ」
「まぁまぁ。それが大半の反応です。僕の質問には答えない。ですが思考判断が曖昧になっている人は素直に答えてしまうんですよ。僕個人の見解ですが」
「つまり、普段見かけていた彼女が急に雰囲気が変わったんで、そのクソ気持ち悪い質問をぶつけてみたんだな」
「なんか失礼な言い方ですが、概ねそうです」
「ストーカー容疑で逮捕してもいいんだぞ。すれ違う人間いちいち観察する奴なんてまともじゃないからな」
「警部もそうじゃないですか」
「俺は職業病だし、怪しいやつ限定だからな」
「僕もそうですよ」
「はっどうだか」
彼女が心の底から笑っていたならとめなかった。まぁそうじゃないとひと目でわかったから声をかけたのだが。
いっときの過ちで、すべてを失うのはあまりにも不条理じゃないか。
すべてを失うなら完全に壊れてからのほうがいい。
「さて僕は帰ります」
「おい」
「はい?」
「お前は笑っているのか?」
「警部は目が悪くなってしまったんですかね」
「聞いた俺が馬鹿だった」
シッシッとさっさと帰れと合図を出しながら部下の返事に答える警部のすぐ後ろ、彼女が乗っている車が走り出すのを見送り、帰路の暗闇へ足を向けたのだった。
了
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