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未来へと続く扉
「1人ずつ時間差で戻るぞ。」
昨夜、夕食の席で話し合った事を元に、俺は12時半にショッピングモールの駐車場の片隅に向かっていた。今日は12月になったかと思うぐらい気温が上がらず寒い。空は、今にも雨が降りそうな一面の雲で覆われていた。
荷物は何も持っていない。手の中にスマホを握っているだけ。メガネはかけている。これから向かう所に待機する洸一さんに知らせるためだ。
小さな物置小屋がある。2畳ほどのスペースの中央に壁があり、人が1人通れるかどうかのスペースを抜けると、その扉の前に立つことができる。扉には手紋認証がかかっており、あらかじめ決められた者しか開けることができない。物置小屋のそばまで行って周りを見渡した。
『今日は、あまりメールは無かったな。』
多分望のものであろうメールの着信がきているのはスマホのバイブ機能で分かっていた。昨日はしょっ中震え続け、メールが沢山送られてきているのが分かったが、開けるつもりはなかった。
『望と一緒にここでの時間を過ごしたい。』
未だに頭の片隅にある小さな想いを大きくしないために。
決められた1か月間をとうに過ぎ、2か月以上過ぎてしまった。「未来の部屋」を機能させること、これが親父や兄貴の今回の任務だった。開発部の長兄、技術部の親父と次兄。俺もこの会社への就職に勧誘された。ま、まだ卒業まで時間があるから、ゆっくりと考えられる。
入り口は道路の方を向き、立木がその存在を隠している。引き戸を開けると、雑多に積み上げられた赤い三角コーンや、仕切り棒が置いてあった。壁の右側のスペースを通り抜ける。知らない人が見れば、ただ何もない空間があるだけ。どうして仕切りがあるのか不思議に思うだろう。奥の壁に向かって右手を上げた。
「お帰り。」
扉が開くと、奥にある机から洸一さんに声をかけられた。洸一さんは30代前半。3年前の姿と何ら変わりない。長兄の幸也と同じ年代だったはずだが、あの頃も30代に見えた。
「お世話になりました。」
あそこで生活することになって、初めはみんな色々と戸惑った。一つ一つ丁寧に教えてくれたのは、この洸一さんと奏さんだ。2人はこの「過去の部屋」で一緒に暮らしている。結婚しているらしい。いや、今の日本の法律では結婚できないけど…。
「今日は奏さんは?」
あたりを見渡した。管理人室にいるのか?
「今日は何曜日かわかってるか? ……仕事だ。」
「あ、そうか。」
3年ぶりの現在に戻って感覚が鈍っている。3年前は日曜日だったが、今日は火曜日。
「メガネ。」
洸一さんの差し出された手に、メガネを乗せる。ここで20分ほど待機しなくてはならない。体と空間をスキャンして、有害物質があれば除染される。初めての経験だ。
「足は大丈夫か?」
「え? はい。大丈夫そうです。」
そうだった。俺たちがここの扉をくぐって2か月半、ずっとモニターで監視してくれていたのはこの洸一さんだ。
「お前……佐々川望に会いに行ったのか?」
「……はい。」
バレバレだな。洸一さんは、メガネから送られてくる人物のその後に何か影響がなかったかをずっと調べていたはず。過去に飛んで、人物と接触してもほぼ何も影響はない事は立証済み。けど、そもそも俺は学生なのに、家族だからという理由で同行させてもらったこと自体に無理があった。
「……そうか。後ろのソファに座っていろ。20分ほどで終了する。」
洸一さんからそれ以上追求されることはなかった。言われた通り、机とは逆の壁に置いてあるソファに腰を下ろした。
『望……。』
今頃どうしているだろう。こちらの望ではなく、3年前の望。黙って去ってしまった。会いたい。会って、また、できれば抱きしめたい……。
俺は、ダークブラウンの床を見つめながら、3年前に飛ぶきっかけとなった望との出会いを思い出していた。
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