つぎはぎの一滴

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 これでも僕だって昔はヒーロー番組を楽しみにしていたくちで、ヒーローは格好いいと思っていたし、正義の味方になりたいとだって思っていた。ただ少し大きくなって、実際には変身できないし自分だけが勝つようにはできていないと分かって、あんな風に怖い悪役が登場する世界でなくて良かったと思った。  それからもう少し大きくなって、今度は羨ましいと思った。  格好いいヒーローが、ではない。あんな風に分かりやすく、悪役が登場する世界が羨ましいと思ったのだ。  現実にだって悪人はいる。さっさとくたばればいいのにとか思ってしまうような人間もいる。でもそうではないことの方が多いのだと、僕はその頃に知ってしまった。  悪役は必ずしも悪くなくて、僕にとっての悪がその人にとっては善で、そもそも悪意すらないようなものに、どうしてか僕らは傷ついていく。苦しみが隣についてきても、悲しみが手を繋いできても、何と戦えばいいのか分からないのだ。  それに戦えたとして、あんな風には倒せない。その何かをやっつけて、はい仕舞いとはならないのだ。  全くもって絶望的な人生ではない。人様に語れるほどドラマティックな人生でもないけれど、家族も友人もいて、実は結構、恵まれているんじゃないかとも思っている。口に出すのは恥ずかしいけれど、友だちはもちろん、家族もそれなりに好きだ。  父親は今でこそ一緒に遊びはしないけれど、家では話もするし、大事なこととなるときちんと向き合ってくれる。母親はちょっと口うるさいけれど、家庭の明るさや居心地の良さには欠かせない。今年大学を卒業した五つ上の兄とは、顔を合わせることはほとんどないけど連絡は取るし、僕にとっていい兄であることには変わりない。  それでもやっぱり、順風満帆とはいかない。だから羨ましいと思った。倒すべきものが分かりやすく形をなして、どうにかしてでもそれを倒せば、前に進めると分かっている世界が。
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