スキットルを持って

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スキットルを持って

 スキットルを買った。  金属製の四角い形をした水筒である。その中にウィスキーやコニャックなど、濃度の高い酒を入れて飲む。なんとも乙なアイテムだ。  映画とかでよく、寒い時期のロシア人キャラが、コートの胸ポケットから取り出し、クイッと一杯やっているのが憧れだった。渋めの俳優がやるのはもちろん、美人な女優がやるとまた、ギャップで映える映える。  冬のボーナスが出たし、急に試したくなって買ったのだ。男たるもの、時には自尊心を満たしたくなる。カッコつけてナンボの生き物だ。  今日は折よく外は吹雪。風と雪が借金の取り立てのごとく、窓や戸を乱暴に叩き続けている。そんなときだからこそ、近くの公園に行って、一杯やるのだ。  風邪は引きたくないから、完全防寒で行く。上はボア付き帽子の防寒着。首にはマフラー、手にはスキーなんかで身に着ける手袋。下はヒートテックに、さらに裏地がフリース素材で表地がポリエステルのパンツ。  これなら雪がついても、普通のジーパンやチノパンのように裏地まで濡れることがない。  我ながら最強の装備を揃えたと思う。  さあ、徒歩1分の公園へ向けて、前日に詰めておいたスキットルを持っていざ出陣!  吹雪に晒されつつ、雪が積もりつつある公園に到着。露出している部分がめちゃくちゃ寒くて痛い。ただ、他の部分は寒くない。奮発していいものを買った意味があったってもんだ。  それから数十分、誰もいない公園でひとり佇んだ。とにかく無心で体が芯から冷えるのを待った。  いよいよ冷えてきたので、暴風に背を向けてスキットルのフタを開けて、一気にクイッと呷った。  うーん、ひんやりとした香ばしい麦の風味が口に広がる――ってこれ、麦茶じゃねえか!!  ……間違えたんだな。笑顔のおっちゃんのパッケージの飲み物を入れちゃったんだな……。酔っ払いながら詰めたんだな、めっちゃくちゃアホじゃん……。  萎えた。  なんか急激に情けなくなってきて涙が出てくるし。鼻水もズルズル出てくる。ああ、マフラーがカピカピになるわー……。  帰ろう。こんな所に突っ立ってたら風邪引くわ。  帰って熱燗を飲みつつ、炙ったスルメを食べて、大喜利を見て思いっきり笑おう。  俺は所詮、ロシア人の真似事もできない日本人なのだから。
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