個別指導

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個別指導

話の進みが掴めない俺を差し置き、藤堂はショルダーバッグから崩れた台本を取り出した。 「・・・早く」 「・・・えっ?」 「時間ないから早くして。」 「あ・・・っはい」 拒否をする権利もなければ 時間の余裕もない。俺は意味不明な彼の言動に従うしか無く、溜めていた涙を袖で拭うと台本を持った。 「失礼します・・・」 「君いくつ?」 「・・・25です」 「じゃあ僕と2歳しか違わないじゃん。敬語やめて。」 彼は台本をめくりながら壁にもたれかかり、長い足を投げ出して座った。 「来て。」 長い前髪から見える目にジロッと見られ、再び足がすくみそうになりながら、俺は彼の横に座った。 「だいたい 舞台化してほしくなかったんだよな。僕が表現したかったものがおざなりになってる。おまけに大役の吸血鬼がこれじゃあねぇ。」 愚痴とも取れるが、真剣な眼差しが、俺と違ってプロのオーラを存分に出していた。 これから何が始まるのか 悶々とする俺の前に、いきなり台本が突き出された。 「・・・?」 「やって。」 「・・・ここを・・・ですか?」 「僕をリリアだと思って 早く」 「うぁ・・・はいっ」 今日やってた26ページ・・・大丈夫、セリフは全部入ってる・・・俺は、決心して彼に向き合った。 「『リリア・・・僕の話を』」 「『ソード。あなたの身の上話はもう沢山。』」 藤堂は、視線を逸したまま俺のセリフをことごとく遮った。声は男の声だが、ヒロインの大人びた口調と年上の雰囲気がいい具合に乗っかって 色気もある。 その迅速さに圧倒されつつ、波に飲み込まれないよう自分の演技を続ける。 「『とても大事な話なんだ』」 「『大事って??恋人との約束を放っぽって謝罪なし?ほんと笑っちゃう・・・』」 「『・・・あぁ・・・もう駄目だ・・・』」 「『駄目って?』」 藤堂は、俺を鋭く見つめてくるので、俺もいつも相手の女優にやっているように見つめ返す。 「『・・・君の血がほしい』」 「・・・駄目。」 急に藤堂が素に戻ったので、俺も距離を空けた。 「気持ちが全然伝わってこない。今日もそれで怒られてたでしょ?」 「・・・すみません・・・」 分かってる・・・自分でも、しっくりこないのだ。様々な指示は飛んでくるが、どれをどう実現すればよいか分からない。それでまた指示が飛ぶ悪循環に陥っているのだ。 「・・・康太君はさ。どうしたいのよ。」 「・・・え?」 「ソードは君でしょ?君は このセリフをどうしたいの?」 「どうしたい・・・」 それが分からないから悩んでいるのに・・・さらに追い打ちをかけられた気分で頭がショートしてしまいそうだった。 答えが出ないまま 考えるフリをしてその場を逃れようとすると、藤堂は全てを見抜いているように視線を向ける。沈黙の中の視線が痛くて、自分の至らなさを見せつけられているようだった。 「・・・僕はさ」 俺が藤堂に目を向けた瞬間だった。 体が強い力で押され、なすすべなく俺は床に倒れた。
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