7人が本棚に入れています
本棚に追加
真相
「添田」
「はいっ」
「だいぶマシになったな。動きも声量も自然だ。」
強面の監督から、久々に穏やかな声を聞いて、内心驚愕した。
「はいっ!」
思わず綻びそうになる口をぎゅっと締めて、褒められる喜びを噛み締めていると、普段絶対に話しかけてこない相手役の女優が声をかけてきた。
「カナトくん 本当に上手になったね!今日 私すごいやりやすかった!双子とかじゃないよね?」
「ま、まさか・・・(笑)昨日と同じですよ。」
異性との会話に慣れず、曖昧な返事をしながら俺はスタジオを見回す。彼は昨日と全く同じ服装・同じ場所でこちらを見つめていた。誰とも関わる事無く、ただ俺を見つめる視線は、少しばかり凍りつくような感覚を感じながらも、ここで気を抜いてはいけないというメッセージを伝えられているようだった。
「昨日は、ありがとうございました。」
「言ったでしょ。ゴールじゃないって。一時の喜怒哀楽で気を抜かないこと。」
最後まで残っていた藤堂は、喜ぶことなく淡々と諭した。
「・・・はい」
静かな圧に萎縮して答えると、藤堂は小さく笑った。
「やっと、『すみません』って言わなくなったね。」
「え?」
「君、怒られる度に『すみません』って言ってたでしょう?それが今日はあまり聞かなかった。役者として出来ることを考える心の余裕が出来てきたんじゃないのかな?」
彼の言う通りだ。
これまで俺は、何かと謝罪の言葉を重ねていた。それは本心からではなく、どこかで弱い自分を守ろうとしていた。それが余計に俺自身を駄目にしていたのかもしれない。
「もう僕が教えることは何もないね。」
「・・・え?」
「君は僕が言ったことをすぐに吸収できた。そのくらいの柔軟性があるなら、俳優としてもやっていける。僕の出番は終わりだよ。」
藤堂は、背を向けた。夕暮れのせいだけではない、彼の様子は昨日とどこか違う。
「・・・え?藤堂さん・・・?」
あまりに突然の別れのようで 俺は後ろから呼び止めようとした。
その時だった。
「あれ?カナトくん。まだ残ってたの?」
相手役の女優がドアから入ってきた。
「忘れ物しちゃって(汗)カナトくんも区切りついたら帰りな。」
「・・・え?」
「・・・?」
俺は目の前の光景に唖然とした。
彼女は今 藤堂の体をすり抜けた。
「・・・あの・・・そこに・・・」
「・・・ここ?何かあるの?」
「藤堂さん・・・ほら、脚本家の・・・」
俺が藤堂の名前を出そうとすると、彼女はキョトンとしていた。
「カナトくん 何言ってるの?
藤堂咲夜はもう死んでるじゃん。」
最初のコメントを投稿しよう!