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偶然
「つまらない。」
散々なダメ出しをされ廊下に出た俺を待ち伏せしていたように、長身の男性は言い放った。疲労困憊した体に、もろ刃のようにグズグズと深く突き刺さる。
「技術も心も今ひとつ。噂の通り勿体ない人だね。」
誰だか分からない。
ただ、平然と去る彼に何も言い返すことが出来なかったのは、彼の言葉が全て図星だったからだ。
「・・・何なんだよ・・・あれ・・・」
夕暮れに染まったスタジオ。自主練に身が入らず、力なく床を叩いた音が、孤独な空間に響く。それが一層己の惨めさを嘲笑うようだ。
自分には才能がない。
握りこぶしの影を見つめても、悩みが消えないことは目に見えていた。
「やる気だけはあるんだね。」
前触れの無い声に驚いて振り返ると、淡い霧のような光に包まれたシルエットが、見下すように現れた。
あの時の・・・!!煮えたぎる腹立たしさを隠しながら、俺は汗を拭った。
「・・・あなたは・・・」
「あれ?僕のこと知らない?一応台本書いたんだけど?」
シルエットは、やがてくっきりと形を成し、端正な顔立ちの男性と目があった。
「台本」という言葉で、ピンときた。
「・・・藤堂 咲夜さん・・・?」
「2ページしか進んでないのにもう息切れ?そんなんでよく2年も生き残れてるね。」
せせら笑いながら近づく声に、言い返す気力はなかった。
「添田カナト いや 添田 康太君。このままでは君は何処まで行っても三流俳優。」
「・・・すみません・・・」
「僕に謝られたってね。」
乾いたシューズの音と共に、彼は俺の前で足を止めた。
「・・・君は 本当に俳優を続けたいの?」
「・・・はいっ 僕 舞台が好きで」
「だったら辞めたほうが良い」
鋭い眼差しと一回り強くなった語勢に、情けなく肩がビクリと跳ねる。
「舞台が嫌いになった時 君は潰される。生半可な気持ちで務まるものじゃない。」
「っ・・・・・・」
ここまで言われたのは、前にも後にもこれきりだと思うくらい衝撃的だった。
硬直した体と急激に上がる体温が、言葉を喉に詰まらせる。息をするのも苦しいし、無理に空気を吸えば不自然な鼻すすり音が同時に出てきそうだ。
今にも泣き出しそうな俺に愛想を尽かすように、彼は言葉を緩める。
「・・・もう一度聞くよ。 君は本当に俳優を続けたい?」
「・・・はい」
絞り出すような返事をした恥ずかしさから、顔が俯いてしまう。
「僕はそっちにいないんだけど」
また怒られる・・・冷たい刃のような声に恐る恐る顔を上げる。
鋭い視線は感じない。
代わりに、大きな窓から差し込んだオレンジ色の光に包まれた彼が、感情を読み取りにくく、でも明らかに優しい表情で立っていた。
「少しだけ付き合うよ」
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