役者、侑人は喘ぎたくない

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 役者を目指し、もう何年たっただろうか。  自身も気が付けば世間からアラフォーと呼ばれる歳になったが、未だ独身。  結婚を促していた母ですら、「夢を追うのは勝手だけど、将来(さきのこと)ぐらい考えなさい」と匙を投げたようだ。  定職に就いた弟と妹と違い夢だけ追い、バイト生活メインの長男は親にとっては常に心配の種だろう。  侑人だってこのままでいいとは思ってはいない。  夢を追うのも潮時かと思っていた矢先、突然のマネージャーからの呼び出しがあった。  侑人が所属している事務所は大きくはない。  仕事はメールで所属しているタレントに何時にこんなオーデションがあるがどうかと、声をかけてくるか自分でオーディションやワークショップを見つけ繋げることがメインだ。  マネージャー様直々の仕事依頼は珍しい。  売れっ子役者になったような気持ちで侑人はおしゃれな赤レンガのマンション内にある事務所へ中に入った。  上京したばかりのころは珍しがって眺めていた事務所近くの東京タワーを久しぶりに眺めた気がする。  事務所に始めてきた時を思い出しつつ、マネージャーの話を聞いていた侑人だったが、聞いているうちに高揚していたはずの気持ちは冷えきってしまった。  マンションに入る前にあった鉄格子は希望への扉ではなく、監獄への扉だったようだ。 「侑人くん、仕事を選べる立場じゃないこと分かっているだろ。」  処刑執行人……  ではなく、事務所のマネージャーはにっこりと張り付いたような笑顔を浮かべていた。 「せっかくもらえたチャンス、受けないなんて選択肢はないでしょ。」 「中川さん、俺だって大きな仕事のチャンスは欲しいですよ。でも……」  名も知られていないアラフォーのおっさんにこんなチャンス、もう二度と来ないかもしれないことぐらい若手を何人も掛け持つ敏腕マネージャーの中川に言われなくても、痛いほど理解しているはずだった。  頭では理解はしているのだが…… 「うん。ボイスドラマのお仕事だね。」  今回持ち込まれたのは、ボイスドラマ。  つまり声のみで出演の仕事だ。
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