暗い火

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どうしても消せない心の中の暗い火がある。 私はその火を見ないふりをする。 罪悪感という大きな炎の方が私を強く焼くから。親にそんなことは思ってはならないと自分に言い聞かせて言い聞かせて、やっと今がある。 我慢している。言いたいのを、ぶちまけたいのを我慢している。 母も以前とはだいぶん違ってきた。私に暴言を吐かなくなり、普段は穏やかになった。 でも、実家に帰宅して一緒にいる時間が少しでも増えると、暗い火がちりちりと燃えさかり、私の心を焼く。 忘れたい。でも忘れはしない。 言われた数々のことを。 された様々な仕打ちを。 忘れてごく普通の親子に戻れたらどんなにか楽だろう。いや、どの親子もこの火を抱えているのだろうか。それは違う気がする。 忘れたい。でも忘れられない。 幼かった私の心が痛い痛いと泣いているから。 母の笑顔を見るたびに思う。 幸せそうで良かった。 なぜそうも笑えるのか。 二つの思いに引き裂かれそうになる。 なぜ母の中ではなかったことになっているのだろう。 なぜ私だけがなかったことのように振る舞わなければならないのだろう。 ぶつけたこともあった。 でも母は否定した。 「そんなこと自分の子供にいう親がどこにいるの?!」 貴女が言ったのに忘れているの? そんなことを言われた私は何なのだろう。 母が泣く。 「じゃあ私が死ねばいいの?」 そんなこと望んでるんじゃない。 どうしてそう極端なの? そんなことなぜ言えるの? 泣きたいのは私。でも泣けない。貴女が先に泣くから。 ぶつけても何も変わらない。貴女は受け入れないし謝らない。 そしてうちの家族は何の問題もない、見本のような家族だと笑って口にする。  貴女の中ではそうなんだね。 私の心は軋む。 私は暗い火を見ないふりをするしかない。 この火は消せないし、どうにもならないのだから。 私が何もなかったように振る舞えば静かな時は続く。 もう疲れたから。 私はたぶん純粋に貴女を愛することはないでしょう。貴女の老いていく姿に憐憫と悲しみは覚えても。 でも、「彼女は私の母親なのだから愛さなければ」、ともう一人の私は言うの。良い子の私が言うの。 いつもそんな自分を取っ払いたかった。 でもできなかった。 私はこの暗い火を死ぬまで抱えていくしかない。 もう母には望まない。だから私のこの暗い火も知られてはならない。そうすれば、表向きは普通の家族でいられるのだから。 でも願いたい。火が小さくなることを。いつか消えることを。いつか、母を心から愛せることを。 きっと無理だとわかっていても。 願わずにはいられない。     了
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