涙が涙であるゆえに

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 僕がまだ中学二年だった時のこと。  いつものように部活を終えて帰宅すると、いつもはパートで家を空けていたはずの母が台所に立ち、晩御飯を作ってくれていた。  いつもはない心地の良い匂い。  誰もいない空間に向かって言い放った“ただいま”の言葉に返ってきた、“おかえり”という言葉の暖かさ。  それらを実感した僕の足取りは、その主の元へと歩ませていた。 「どうしたの? 仕事は?」 「今日は休みをもらったの。だから、今日は奏太(そうた)が帰ってくるまでに晩御飯を作っていようと思ってたんだけど、思ったよりも早いのね」 「う、うん。今日からテスト週間に入るから」 「そう。じゃあ、ご飯食べ終わったら勉強しないとね」 「うん──」  母さんはパートがあっていつも帰りが遅い。僕が床についてから帰ってくることも珍しくはない。  常ならば、そんな状況を利用して自分で晩御飯を作り、テレビを見ながら食事を済ませ、だらだらと時間を過ごしながら、勉強などに手をつける。ゆえに、晩御飯を食べた後すぐに勉学に励むことなど滅多にない。  学校に行って、帰ってきてご飯食べる。そしてまた勉強なんてことをしたがる子供なんて、そう多くはいないだろう。  だから、こうやって家に母さんがいる状況というのは僕にとって不都合なはずなのである。  やりたいことができず、したくもないことを真っ先にやらないといけない。  だが、それが不快に感じることはなかった。 「とりあえず、手を洗ってきなさい。もうすぐご飯できるから」 「わかった」  台所から自分の部屋へと移動し、カバンを下ろしてから制服のブレザーだけを脱ぐと、そのまま洗面所へと向かう。  冷たい水で両の手を濡らし、せっけんを使って指の隅々まで洗っていく。そのあと二度のうがいを行って、手と口元をタオルで拭って、リビングへと移動する。
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