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「もう少しだから」
台所で僕の方に背を向けながら、せっせと動いている母さんの背中を見ながら、僕は食卓の席に着いた。
それは、一つの机に対して四つの椅子がそれぞれ二つずつ左右に置かれてある一般的なものであった。
とはいえ、四つの椅子があっても実際に使われるのは今僕が座っている椅子と、僕の目の前の母さんが座る椅子。この二つだけであった。他二つはただのハリボテに過ぎなかった。
母さんは、僕がまだ小学生になる前に離婚していた。
僕には妹もいたが、経済的な理由で妹を父さんが。僕を母さんが引き取ることになった。その時の僕にはまだ何かを判断できるほどの知識も自覚もなかったので、知らぬ間に兄妹が別れることが決まり、僕と母さんは家を出た。
今となっては、特に妹に会いたいだとか、父さんに会いたいと思うようなことはなくなった。
いや、元々そういった感情はなかったと言っても過言ではない。
当時の父さんは、今の母さんみたいに家にいることはほとんどなかったし、妹に関してはほとんど面識がない。当時はまだ赤ちゃんに過ぎなかった妹に愛着のあの字も湧かなかったし、湧く前に別れてしまったから。
もしかすると、まだ物心ついていなかった妹からすると、僕という兄の存在を知らないかもしれない。
それだけ、希薄な関係であったのだ。
だからと言って、自分を不幸だと思ったことは一度もなかった。
シングルマザーの子供であったが、そのことでいじめられることもなかったし、母さんからなにかしらの仕打ちを受けたこともない。だから、僕もこの環境に何かを思うことはなかった。
あるとするならば、母さんに対する心配であった。
毎日のように遅くまで働き、僕と同じ時間に起床して、朝食を作ってくれる。そして、僕とほとんど変わらない時間に家を出ている。
僕が今見ている背中は細く、綺麗なラインであったが、それは同時に人間の脆弱さを表しているようだった。
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