涙が涙であるゆえに

4/10
前へ
/10ページ
次へ
「おまたせ。できたわよ」  母さんの背中が翻り、母さんの手には肉じゃがの入った一つの大きな器があった。  机の上には、すでにご飯やお味噌汁。そして、箸などが置いてあり、最後の主菜を待つばかりだったので、母さんも肉じゃがの器を机の上に置くと、いつもの席へ着席する。 「『いただきます』」  二人で声を合わせて、食事の挨拶を交わし、それぞれの食べ物に箸を伸ばす。  母さんはお味噌汁に。僕はできたばかりの肉じゃがに。  肉じゃがの味がしみて、茶色がかった玉ねぎと牛肉を掴み、口の中へと放り込む。  部活で体を動かした後には、これ以上ないほどのうまさが口の中いっぱいに広がり、自ずとご飯の箸も進む。 「どう。美味しい?」  母さんの質問に答えようとしたが、生憎口いっぱいに頬張っている食べ物のせいで話せないので、首を縦に二度振った。 「そう。それはよかった」  にっこりと母さんは笑うと、自分も肉じゃがへと箸を運ぶ。  しかし、その箸は肉じゃがにたどり着く前に、ピタリと止まり、やがて母さんの箸は机の上へと置かれた。  かちゃりという音がしたので、僕は口の中の食べ物を咀嚼し、飲み込んで母さんへと視線を向ける。  やや下を向いていた母さんの視線がこちらを向き、僕の目をまっすぐと優しい目が見つめる。  そして、まだお味噌汁しか飲んでいなかった母さんがはっきりと言ったのだった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加