涙が涙であるゆえに

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「お母さん。再婚しようと思うの」  それは、突然のカミングアウトであった。  今日までの母さんにそういった様子が見られることは一切なく、どんな人と結婚するのかという衝撃よりも先に、いつからそんなことがあったのか疑問に思う。  そんな僕の考えを分かってか、そうでないかはわからないが、母さんは説明していく。 「実は、一年くらい前から知り合った人がいてね。その人と一年くらい仲良くさせてもらっていたの。それで、その人──。東堂(とうどう)さんはお母さんの今の状況を知った上で結婚したいと言ってくれたの。お母さんもいつしか東堂さんのことが好きになっていた。でも、この結婚は私たちのことだけではない。奏太。あなたの答えも聞きたいの」 「僕の答え……?」 「そう。これからお母さんと奏太は東堂さんと一緒に暮らすことになる。だから、奏太の答えも聞かないといけない。もちろん、今すぐじゃなくてもいいわ。東堂さんという人がわからないっていうのなら、今度、東堂さんと会う機会も作る。だから、考えてくれないかしら。お母さんの再婚について」  何もかもが突然のことでどこから思考を巡らしていいのかがわからない。  母さんの再婚。東堂さんという人物。これからの生活。  様々な疑問が浮かび上がってくる中で、一つだけ今すぐ答えられるものがあった。  それは、いくら頭がこんがらがっていてもはっきりと言えるものだった。ゆえに、迷うことなく母さんに告げた。 「いいと思う。再婚」 「え?」 「母さんがそれで幸せなら、再婚していいと思う」  母さんから問われた質問に対してはっきりと答えたつもりであったが、なぜか母さんは困惑した表情を浮かべていた。  僕の方をじっと見つめてきて、やや前のめりになって、手元にあった箸に自分の腕が当たる。 「なら、どうして泣いているの……?」  言っている意味が分からなかった。それは先ほどの再婚の話以上に。  誰が泣いているだって?  目の前にいる母さんは怪訝そうな表情で僕を見つめているだけで涙を流してはいない。ならば、泣いているのは自分なのか。  そう思い、左手を目元に近づけようとすると、頬のあたりで一つの雫に触れる。そして、右の目元も拭うと、これまた少しばかりの雫を拭うことになった。 「あれ?」  それからして、次から次へと自分の瞳からは涙がこぼれ落ちてきた。  母さんが良からぬ相手と結婚しようとして悲しくて泣いているわけでも、今の生活が変わってしまう不安から泣いているわけでもない。そして、母さんが再び結婚して幸せになる。それが嬉しいから泣いているわけでもなかった。  母さんが幸せになるために再婚しようとしていることは、素直に良かったと思っている。しかし、泣くほどのレベルではない。そこまで自分が涙もろい人間でないことは十年以上生きてきて分かっている。  じゃあ、なぜ僕は今だに泣いているのか。  目の前で困惑している母さんにも、必死になって流れてくる涙を拭う僕にもそれは分からなかった。
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