涙が涙であるゆえに

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 あの日から、まもなく一年の年月が経つ。そしてそれは母さんと東堂さんが結婚して一年を指していた。  僕たちと東堂さんは家が近かったこともあり、結婚してまもなく僕と母さんは東堂さんの自宅に住むようになった。  東堂さんは一流企業の会社員だったため、母さんは結婚するよりも少し前にパートを辞め、専業主婦となっていた。  あんなこともあったが、僕の気持ちは二人の再婚を望んでいたことには変わりなかった。だから、二人は再婚し、現在も良好な関係を持っていた。休日にでもなれば、二人で出かけたりすることも珍しくない。たまに、僕も一緒になって家族水入らずで出かけることもあった。とはいえ、まだ片手で数えられる程度である。  東堂さんと僕が初めて顔を合わせたのは、母さんが東堂さんに再婚の返答をする場であり、母さんが再婚を東堂さんに申し出る最後のタイミングであった。僕が泣いたこともあり、少しでも不安を取り除くべく、少しでも嫌なことがあれば素直に否定してほしいとの母さんのお願いもあった。そのための場だったので、僕も純粋な気持ちで東堂さんのことを判断したが、よく人のできた方だった。  こんな言い方をすると少し申し訳ないけど、バツイチで子供持ちの母さんにはもったいないほどの人であり、そんな母さんに惚れてしまった残念な人だと思った。  東堂さんは母さんよりも若く、僕と話す話題についてもこちらの趣味を熟知しているような、聞き上手であり、話し上手であった。  頭の片隅に結婚詐欺なんて言葉もよぎったが、お金のない母さんと僕を受け入れ、休日には二人して出かけ、なんて事のない日々をかれこれ一年も送っていれば、そんな考えはどこかへと消えてしまった。 「奏太、ご飯よ」  二階にある自室で寝転がっていた僕の元まで、母さんの声が届いてきたので、ベッドから起き上がり、階段を降りて、広いリブングへと入る。  リビングの扉を開けると、心地の良い香りが鼻をくすぐる。専業主婦となり、時間ができたゆえの手の込んだ料理の数々が机の上には広がっていた。以前から料理の上手な母さんであったが、この一年でその腕にもより磨きがかかっていた。
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