涙が涙であるゆえに

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 これがあるからこそ、僕はあの日から一歩も前に進めていない気がする。それは母さんも一緒で、あの日から僕との間に隔たりを感じている。  僕は底知れない沼にはまり、足が踏み出せない。  母さんは見えない壁によって、足を踏み出すことができていない。  明日は母さんと東堂さんの結婚記念日。その一周年目である。ここで、その呪縛を解かなければいけない。  これ以上二人の幸せを僕が邪魔することはしてはいけないんだ。 「奏太」  次の言葉を言おうとした瞬間、母さんの方から言葉が投げかけられる。 「もういいの」 「でも……」  それではダメだ。  これでは、また同じ一年を繰り返してしまうことになる。  いや、それは一年どころの話ではないかも知れない。このまま今の関係が続けば、この先ずっと、僕という存在があり続けるまではこの関係から脱却することができなくなってしまう。 「違うの、奏太」 「違う……?」  母さんは僕のことを優しく見つめていた。それは、僕が涙を流すあの寸前までの表情であった。 「お母さんもこの一年ずっとあの日のことを考えていた。それでも、答えは出なかった。それでね。達彦さんにも相談したの。あの日の奏太のように泣きながら」  母さんの言葉を聞いて、その情景を想像するのは容易なことであった。  自分の一つの行動で親を苦しめているのだ。これまでずっと母さんは僕のことを考え、大切にしてくれていたにも関わらず、僕はそんな母さんに対して恩を仇で返している。その事実が今までで一番苦しかった。 「その時ね、達彦さんに言われたの。だったら、がんばるしかないなって……。それとね、もう一つこうも言われたの」  母さんは自分の椅子から立ち上がり、僕の元まで歩いてくる。  そして、また僕のことをそっと抱きしめてくれる。 「涙は流すためにあるものだって」  母さんに抱きしめられるその瞬間。一つの雫が僕の目の前を落ちていった。
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