2.予感

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「……わかりました。ダヴィッドさんの言う通り、今日は家でゆっくり読書でもすることにします。ダヴィッドさんは?」 「私もヘレナさんが帰ってきたら店を閉めて、家に帰りますよ」 「……まあ、今日はお互いゆっくりできる時間が出来て良かったですね! お昼のスピーチ、楽しみに待ちましょっ! それじゃあ……また明日」 「またのご来店、お待ちしております。………………………………どうか、ご無事で」 出口へ向かうミラには、ダヴィッドの最後の言葉が聞こえることはなかった。 アパートに戻る道すがら、さっきのことを思い出していた。 あんなダヴィッドさん、今まで見たことない。それに…。 この時間の大通りには行商人が往来しているはずだが、今日は兵士たちが多く城下町を巡廻している。 リゲル国王が急遽宣言をするというのは間違いなさそうだ。 ミラは普段よくパンを買う店までやってきたが、ドアにはCloseの看板がかかっており、店内の灯りは消えていた。 閉まってる……。 明日のパンを帰りに買おうと思ったのに。 依頼所へ行くときには気が付かなかったが、パン屋だけでなくどの店も臨時休業で、街全体が何かの呪いにかけられたかのように活気がなかった。 こんなことは王都へ来てからの10年間、今までなかったことだ。 「ダヴィッドさんの話の通りだとすれば、政策の対象になるのは人間——つまり私も対象になる」 一瞬、奴隷商人に連れて行かれる教会の子供達の姿が頭をよぎった。 遠い記憶に封じ込めていた忌まわしい過去に精神を飲み込まれそうになるのを、頭を振って打ち消す。 「私はもうあの頃の……弱い私じゃない」 早歩きでアパートに戻ってくると、コートも脱がずにコップに冷水を注ぎ、一気に飲み干した。 冷や水で混乱していた頭も、少しすっきりとしたようだ。 今取り乱したところでどうしようもない。 リゲル国王のスピーチを聞いて、それから今後どうするか考えれば良いのだ。 とりあえず部屋にあった薬草図鑑を本棚から抜き取り、ベッドに横になった。 パラパラとページが捲れ、幽かに生じた風で前髪がサワサワと揺れている。 ページが終わり、また最初から同じ動作を繰り返す。 あの頃は、自分だけが頼りだった。 今もそれは変わっていないと思う。 動乱の時代、自分を生かしたのはシスターでも魔法の素質でもない、生きることへの渇望だった。 両親を失ってから、生きる目的など考える余裕すらなく、ただ生き抜くだけの毎日。 もはやそれは本能だったのかもしれない。
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