1.ミラ・ヨルド

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「勿論、独り身主義ではありません。私も男ですから……。 …………ですが、そうですね。 そろそろ人生の伴侶となってくれる方を探すのもいいかもしれませんね」 「えっ、ということは、想い人がいるんですか? ……もしかしてこの中にっ!?」 「い、いやいや、いませんよ。冗談ですからっ」 「もう、いつもそうやってはぐらかすんですから……」 「そう膨れないでください。……それより、ミラさんの話をもっと聞かせてもらえませんか?  ミラさんの話は夢があって、私もドキドキします」 「ド、ドキドキだなんて……ダヴィッドさんってば。 まぁ、話を元に戻すと、もっと働いてお金を貯めて、いつか私の店を持ちたいなって、最近よく思うんです」 グラスを拭く手がピタリと止まった。 「それは素晴らしいですね! どんな店をお持ちになりたいのですか?」 ダヴィッドの口角はグッと上がり、心なしか顔が綻んでいる。 「ダヴィッドさん、なんか目が輝いてないですか?」 「そりゃあ私は、店を持ちたいと思っている全ての方の味方ですから」 「あははっ! 大袈裟(おおげさ)なんだから。 そうですね……薬の調合が得意なので、薬屋を開きたいと思ってます。 でも開店資金はまだまだ足りないし、夢までの道のりは遠いかなー、なんて……」 「そうですか……」 話を聞いてくれるダヴィッドの目は優しかった。 ダヴィッドは少し待つように言うと、グラスのはちみつ酒を用意してカウンターに置いた。 「え? あの、ダヴィッドさん? 私これは頼んでないですよ?」 ダヴィッドはにっこりと笑った。 「これは私からの前祝です。ミラさんの夢はきっと叶いますよ」 ウインクを送られトクンと胸が跳ねてしまう。 いや別にダヴィッドさんのことが好きってわけじゃないんだけど! でもあんなに大人の色香があったら、誰だっていいなぁって思っちゃうよ。 残念ながら、ダヴィッドは他の客の対応に行ってしまった。 もうちょっと話していたかったな。 ヘレナといいダヴィッドといい、王都の依頼所にはお茶目な人間が集まっているようだ。 「ダヴィッドさん……。随分とキザなことをするんだから……。…………頂きます」 空になった果実酒の代わりにはちみつ酒を飲むと、なんとも言えない幸福感が胸いっぱいに広がり、思わず笑みが零れた。 そうよ。私はこれから明るい未来へ羽ばたいていくんだから。 生活はまだまだ大変だけど、私は今度こそきっとこの街で幸せになれる――この時は心からそう思っていた。
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