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一五歳のラシードには、犬の散歩がてら海へ行き、朝焼けを眺めるという日課があった。
ベイルートは地中海に面した風光明媚な都市なので、当然朝焼けや夕焼けの景色は感動的なものになる。
ベイルートでは日は山から昇って海へ沈むので、どちらかといえば夕焼けの方が印象的だ。しかし、海から望む山の日の出にも、それならではの風情があった。その風情ある日の出を拝むために、ラシードは毎朝海まで散歩をするのだ。
同じ場所へ向かう散歩を何回もくり返していると、ルートというものがいつしか決まってくる。
これは散歩に限った話ではないが、人はまったく同じルートを習慣的に通っていると、いつしかそのルート上に起こる些細な変化が目につくようになる。一五歳のラシードにとってもそれは例外ではなかった。
ある朝ラシードはいつもの道を散歩している最中に、この道に起こった、『ひとつの明確な変化』を認識した。
変化の舞台は旧市街の通りに面したアパートの三階の窓。
そこに一人の少女が、早朝の早い時間にだけ顔を出すようになったのだ。
少女はドレッドヘアの黒人だった。
外見年齢でいうと一五歳前後だろうか。下からだとわかりにくい。
少女は、窓から顔を出している間はずっと何も言わず、ただ表通りの彼方を見つめているだけだった。
彼女の見つめる表通りの彼方には、別にこれといった何かがあるわけではない。
日が沈む海も、日が昇る山も、別の方角にある。
彼女はただ、『そちら側へ視界が開けているから』というだけの理由で、表通りの彼方を見つめているのだ。
自分の足で毎朝自分の見たいものを見に行けるラシードの目には、少女が自由を奪われた籠の鳥という風に映った。
この時点で、ラシードには少女がカファラ制度で雇われたアフリカ人メイドなのだと察しがついた。
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