13『コンチクショウ』

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13『コンチクショウ』

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・13    『コンチクショウ』  あやうく握手会サイン会になりそうになったところで三人の審査員の先生が入ってきた。 ――ただ今より、講評と審査結果の発表を行います。みなさん、お席にお着きください。  みんな慌ただしく席に戻った。 「審査員、表情が固い……」  峰岸先輩がつぶやいた。  三人の審査員の先生が、交代で講評していく。さすがに審査員、言葉も優しく、内容も必ず長所と短所が同じくらいに述べられる。配慮が行き届いていると感じた。単細胞の夏鈴はともかく柚木先生まで、「ほー、ほー」と感心していた。  ただ、峰岸先輩だけが、乃木高の講評をやった高橋という専門家審査員の先生が「……と感じたしだいです」と締めくくったとき、再びつぶやいた。 「講評が……」 「なんですか?」  思わず聞き返した。 「シ、これから審査発表だ」  舞台美術賞、創作脚本賞から始まったが、乃木坂は入っていない。そして個人演技賞の発表。 「個人演技賞、乃木坂学院高校『イカス 嵐のかなたより』で、神崎真由役を演った仲まどかさん」 ――え、わたし?  みんなの拍手に押されて、わたしは舞台に上がった。 「おめでとう、よくがんばったね。大したアンダースタディーでした」  と、高橋先生。 「どうも、ありがとうございます」  カチコチのわたし。  そして優秀賞、つまり二等賞の発表。最優秀を確信していたわたし達はリラックスしていた。 「優秀賞、乃木坂学院高校演劇部『イカス 嵐のかなたより』」  一瞬、会場の空気がズッコケた。乃木坂のメンバーが集まった一角は……凍り付いた。少し間があって、ポーカーフェイスで峰岸先輩が賞状をもらいにいった。峰岸先輩が席に戻ってもざわめきは続いた。 「最優秀賞……」  そのざわめきを静めるように、高橋先生が静かに、しかし凛とした声で言った。 「フェリペ学院高校演劇部『なよたけ』」  一瞬間があって、フェリペの子たちの歓声があがった。フェリペの部長が、うれし涙に顔をクシャクシャにして賞状をもらった。  高橋先生は、皆を静めるような仕草の後、静かに語りはじめた。 「今回の審査は、少し紛糾しました。みなさんご承知のとおり、高校演劇には審査基準がありません。この地区もそうです。勢い、審査は審査員の趣味や傾向に左右されます。われわれ三名は極力それを排するために、暫定的に審査基準を持ちました。①ドラマとして成立しているか。ドラマとは人間の行動や考えが人に影響を与え葛藤……イザコザですね。それを起こし人間が変化している物語を指します。②そして、それが観客の共感を得られたか。つまり感動させることができたか。③そのために的確な表現努力がなされたか。つまり、道具や照明、音響が作品にふさわしいかどうか。以上三点を十点満点で計算し、同点のものを話し合いました。ここまでよろしいですね」  他の審査員の先生がうなづいた。 「結果的に、乃木坂とフェリペが同点になり、そこで話し合いになりました……」  高橋先生は、ここでペットボトルのお茶を飲み……お茶が、横っちょに入って激しく咳き込んだ。 「ゲホ、ゲホ、ゲホ……!」  マイクがモロにそれを拾って鳴り響いた。女の審査員の先生が背中をさすった。それが、なんかカイガイシく、緊張した会場は笑いにつつまれた。夏鈴なんか大爆笑。どうやら、苦しんでいる高橋先生とモロ目が合っちゃったみたい。 「失礼しました。えーと……どこまで話したっけ?」  前列にいたK高校のポニーテールが答えた(この子、二章で出てきた子) 「同点になったとこです」 「で、話し合いになったんです」  カチュ-シャが付け足した。 「ありがとう。で、論点はドラマ性です。乃木坂は迫力はありましたが、台詞が一人称で、役が絡んでこない。わたしの喉は……ゲホン。からんでしまいましたが」  また、会場に笑いが満ちた。 「まどかさんはじめ、みなさん熱演でしたが……」  という具合に、なごやかに審査発表の本編は終わった……。  でも、わが城中地区の審査には別冊がある。生徒の実行委員が独自に投票して決める賞がね。  その名も「地区賞」   これ、仮名で書いた方が感じ出るのよね。だって「チクショウ」  その名のとおり、チクショウで、中央発表会(本選)には出られない。名誉だけの賞で、金、銀、銅に分かれてんの。  で、一等賞が金地区賞。通称「コンチクショウ」と笑っちゃう。そう、このコンチクショウを、わが乃木坂は頂いたわけ!
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