16『演劇部の倉庫』

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16『演劇部の倉庫』

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・16    『演劇部の倉庫』  揺れるトラックの中で潤香の一束の髪は、わたしのバッグの中に入っている。  あのあと、潤香のお母さんは、こう付け加えてくれた。 ――潤香の脳内出血は、原因がはっきりしないんです。最初の事故で出血したのをお医者様が見逃したのか、二度目のことが原因なのか……それに血統的なこともあるんです。主人の父も兄も、同じようなことで……あ、今は潤香の容態も安定していますので。先生もコンクールの真っ最中なんでしょ、どうぞお戻りになってください。  そこに、潤香の担任の北畠先生もやってこられたので、お任せしてフェリペに戻ってきた。そして気になることがもう一つ……。 「先生、着きましたよ」  そう言って、運ちゃんはポップスをカットアウトした。 「おかえりなさい」  警備員のおじさんが裏門を開けて待っていてくれた。  裏門からグラウンドを斜めに突っ切ると、演劇部の倉庫のすぐ前に出る。トラックを入れるとグラウンドが痛むので体育科は嫌がるんだけど、正門から入ると、中庭やら、植え込み、渡り廊下の下をくぐったり、十倍は労力が違ってくる。長年の実績で大目に見てもらっている。え、わたしが脅かしてんだろうって? 断じて……多分、そういうことはアリマセン。  トラックを降りると、里沙をはじめとする別働隊が渡り廊下をくぐってやってくるところだった。 「先生、ドンピシャでしたね」  里沙が嬉しそうに言った。 「一服できると思ったんだけどな。いつもの道が進入禁止で回り道したもんだからよ」  そう言いながら運ちゃん二人はそれぞれのトラックの荷台を開けた。 「しまう順序は、分かってんな。助手」  舞監のヤマちゃんが、舞監助手の里沙を促した。 「はい、バッチリです。まずはヌリカベ九号から」  と、いいお返事。技術やマネジメントは確実に伝承されているようだ……あれ? 「ねえ、夏鈴がいないようだけど?」 「ああ、あいつ駅で財布忘れてきたの思い出したんで、フェリペに置いてきました」  例外はいるようだ……。  それは、最後のヌリカベ一号を運んでいるときにかかってきた。三年唯一の現役、峰岸クンからの電話だった。わたしも疲れていたんだろう、思わず声になってしまった。 「え……落ちた!」  鍛え上げた声は倉庫の外まで聞こえてしまった。みんなの手がいっせいに止まった。携帯の向こうから、峰岸クンのたしなめる声がした。  やっぱ、あの人が審査員にいたから……連盟の書類を見たときには気づかなかった。あの人の本名は小田誠、それが芸名の高橋誠司になっていたから。風貌も変わっていた。あのころは、長髪で、いつも挑戦的で、目がギラギラしていた。  それが、今日コンクールの審査員席で見たときは、ほとんど角刈りといっていいほどの短髪。目つきも柔らかく、しばらくは別人かと思っていた。分かったのは、不覚にも向こうから声をかけられたときだった。 「よう、マリちゃんじゃないか!」 「あ……ああ、小田さん!?」  時間にして、ほんの二三分だったが、一方的にしゃべられ、気がついたらアドレスの交換までさせられてしまった。この人が審査員……まして、こっちは潤香が倒れて、まどかのアンダースタディー……。  気づいたら、みんながわたしの周りに集まっていた。仕方なく要点だけを伝えた。 「さあ、みんな。仕事はまだ残ってるわよ!」  わたしは、手を叩いてテンションを取り戻そうとした。 「先生。潤香先輩のことも教えていただけませんか」  憎ったらしいほどの冷静さで、里沙が聞いてきた。 「分かったわ、手短に話すわね……」  わたしは潤香のお父さんが感情的になられたことを除いて淡々と話した。  むろん、潤香の髪が、わたしのバッグに入っていることは話さなかった。
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