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26『怖い顔をしているのに苦労した』
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・26
『怖い顔をしているのに苦労した』
オチョクルまでもなく二行目で吹きだした。
「スカートめくり」という単語が目に入ってきたからだ。
はるかちゃんという幼なじみの子と、幼い頃、どうやったらスカートがきれいにひらめくか、おパンツ丸出しにしてスカートをまくってクルクル回っていたというものだ。
文章としては面白いが、肝心の道府県名は、その、はるかちゃんが大阪に越していったということだけ。
でもエッセーとしてよく書けているので、わたしは花丸をつけてやった。
……はるかという名前が大阪という単語と共にひっかかった。
……昨日、その種のホテルの前で大伸びと大あくびしたあと、地下鉄の駅に行くまでに小田先輩が言っていた。
小田先輩がこの業界で身を立つようにしてくださった、白羽さんという名プロデューサーさん。
この人が、大阪のナントカはるかという新人を発掘……しかけているという話をしていた。
あまりに嬉しいので、苗字や写真などのデータは伏せたまま、喜びのメールを寄こしてこられたらしい。
小田先輩を可愛い身内と思ってこそのメールであったのだろうけど、先輩としてはいささかライバルの予感。それくらい白羽さんというのはすごい人のようだ。
ま、はるかって名前は、どこにでもある。
そう言えば、去年の学園祭。潤香についで準ミスに選ばれたのも下の名前は「はるか」だった。今は二年生になっているはずだが、なんせズータイの大きい私学。学年が違えば、よその学校も同様なんだ。
次の休み時間に、廊下で里沙と夏鈴につかまった。
三四時間目が自習になったので、潤香の見舞いに行きたいと言う。
ついては、わたしに引率者になって病院まで付いて来て欲しいというのである。ちょうど三四時間目は空き時間ではあるけれど、なんでこいつら知ってるんだ?
すると里沙が、おもむろに携帯をわたしに見せた……。
――ゲ、わたしの時間割がキチンと曜日別にまとめてあるではないか!?
「なんで、こんなもの!?」
「そりゃ、先生クラブの顧問ですもん。万一のときや、都合つけなきゃいけないときの用心です」
「こんなもの、舞監のヤマちゃんだって持ってないわよ」
「こんなのも、ありますよ……」
里沙が涼しい顔で画面をスクロール。
「え……わたしのゴヒイキのお店。蕎麦屋、ピザ屋、マックにケンタに、もんじゃ焼き、コンビニ……KETAYONA(夕べ、小田先輩といっしょだったイタメシ屋)まで……里沙、あんたねえ……」
「わたしって、情報の収集と管理には自信あるんです。いわばマニュアルには強いんですけど、クリエイティブなことや、想定外なことには対応できないんです。で、そういう判断しなくちゃならないときに、いつでも先生と連絡できるようにしてあるんです」
「そんなときのために、メアド教えてあるんでしょうが!?」
「マナーモードとかにされていたら、連絡のとりようありません。夕べだって……」
「夕べなにかあったの?」
これは夏鈴。
「ちゃんとした挨拶の確認できなかったから。一日は、挨拶に始まり、挨拶に終わります」
「そりゃ、そうだけどね……(汗)」
「正直、不安だったんです。あんな結果に終わったのに、なんかきちんとクラブが終わり切れてないみたいで」
「あ、それは、わたしも……思いました。なんか……投げやりな感じで終わっちゃったなって」
夏鈴はめずらしく、マジな顔で、まっすぐわたしを見て、そう言った。
「多分KETAYONAだとは思ったんですけど、先生もやっと解放されたところだろうって、ひかえました。二十二時三十分ごろです」
……ちょうど小田先輩と論戦の真っ最中(汗) 気持ちは分かるんだけどね……。
「ちょっと、携帯見せなさいよ」
返事も待たずにひったくった。
「あ、消去しないでくださいね。一応バックアップはとってありますけど……」
「あのなあ……」
ケナゲではあるんだけど……一応チェック……よかった、わたしの裏情報までは知らないようだ。
「で、三四時間目の件は……」
携帯を受け取りながら里沙が上目づかいで聞いた。
「だめ。自習とはいえ人の授業。勝手なことはできないわ」
上から目線できっぱりと言った。
「だめですか……」
「だめなものは、だめ!」
二人はスゴスゴと帰っていった。
ほんとのところは、二人のアイデアに乗りたかった。
しかし、生徒からの希望とはいえ、申し出て許可を得るのはわたしだ。クラブで勝手が許されるのは、他のところで手を抜かない。教師としての仁義に外れたことをしないことに気をつけているからだ。
学校って、狭い世界なのよ。ごめんね……遠ざかる二人の背中に呟いた。
で、次の休み時間。まどかを先頭に、あの子たちはバーコードに直訴におよびやがった!
どうやら、まどかの発案であるらしい。
三人同じクラスということもあるんだけど、三人でワンセット。もし、あの三人を一人の人格にまとめることができたら。最強の演劇部員になりそうだ。
わたしは、職員室の端っこで、そのやりとりを聞いていた。
内心、エールを送りたい心境だったけど、立場上そういうわけにもいかず。怖い顔をしているのに苦労した。
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