3『第一章 五十四分三十秒のリハーサル・1』

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3『第一章 五十四分三十秒のリハーサル・1』

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・3    『第一章 五十四分三十秒のリハーサル・1』  紺碧の空の下、乃木坂を二台の四トントラックがゆるゆると下っていく。 「絶品の秋晴れ。今年も優勝まちがいなし……」  貴崎マリ先生は花嫁道具を運んでいる花嫁の母のように、助手席でつぶやいた。 「先生とこは、今年で五年連続でしたよね?」  馴染みの運ちゃんが合わせるようにつぶやいた。 「全勝優勝よ」  ダッシュボードに片足をのっけたところは、アニメに出てくる空賊の女親分である。 「そりゃ、すげー!」  運ちゃんは口笛をならして、貴崎先生お気に入りのポップスのボリュ-ムを上げた。 「でも、六年前コケませんでした?」 「ん……!?」  先生の眉間にシワが寄る。 「いや、オレの思い違いかも……」 「あれは、わたしが乃木坂に来る前。前任の山阪先生の最後。さすがの山阪先生も疲れが出たんでしょうね。わたしが来てからは全勝優勝」 「先生は、たしか乃木坂の卒業生なんすよね?」 「そうよ。山阪先生の許で『静かな演劇』ミッチリやらされたわよ。あのころはあれで良かったと思ってたけど、やっぱ演劇って字の中にもあるけど劇的でビビットなもんじゃなきゃね……」  それから運ちゃんは、目的地のフェリペ学院に着くまでマリ先生の演説を聴くはめになってしまった。運ちゃんは、マリ先生の片足で隠れたダッシュボードの缶コーヒーを飲むこともできなかった……。  フェリペ学院は、わが乃木坂学院高校よりも歴史の古いミッションスクール。  創立は百ウン十年前だそうであるが、そこは伝統私学。第二次ベビーブームのころから、少子化を見込んで大改革。中高一貫教育、国際科や情報科を新設。さらに目玉学科として演劇科を前世紀末に、某私学演劇科の先生を引き抜き、ミュージカルコースの卒業生の中には、有名ミュージカル劇団に入って活躍する人や、朝の連ドラのレギュラーをとっている人もいる。  当然設備も充実していて、大、中、小、と三つも劇場を持っている。私たち城中地区の予選は、この中ホールを使わせてもらっている。 キャパは四百ほどだけど、舞台が広い!  間口は七間(十二・六メートル)で、並の高校の講堂並だけど、ヨーロッパの劇場のようにプロセニアムアーチ(舞台の額縁)の高さが間口ほどもあり、袖と奥行きも同じだけある。中ホリ(ホリゾント幕。スクリーンの大きいやつ。これが奥と、真ん中に二つもある!)を降ろして、後ろ半分は道具置き場にしてます。  なんせ、わが乃木坂学院高校は道具が大きい。  四トントラック二台分もあるのだ。  先代の山阪先生のころから使い回しの大道具が、そこらへんの劇団顔負けってくらいあって、入部した日に見せられたのが、その倉庫。平台やら箱馬(床やら、土手を作るときに使います)壁のパネルに、各種ドアのユニット。奥にいくと、妖怪ヌリカベの団体さんがいた! 「わー……!」  と、その迫力にタマゲタ!  このヌリカベの団体さんは、舞台全体を客席の方に向かって傾斜させるために使う床ってか、舞台そのものをプレハブのパーツのようにしたもの。これを使うと、舞台全体に遠近感が出る。専門用語では「八百屋飾り」というらしい。その迫力は、とにかく「わー……!」であります。わたしたちは、それを「ヌリカベ何号」というふうに呼んでます。  マリ先生は、こう言う。 「フェリペが、舞台全部使わせてくれたら、こんなもの使わなくってすむのに!」  今回は「ヌリカベ九号」まで持っていく。それだけで四トン一台はいっぱい。  他の学校は、こう言う。 「乃木坂がこんなの持ってこなきゃ、舞台全部使えんのに!」  どっちが正しいのか、そのときは分からなかった。
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