3『第一章 五十四分三十秒のリハーサル・1』

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まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・4        『第一章 五十四分三十秒のリハーサル・2』  と、いうわけで、今日はコンクール城中地区予選のリハーサル。  トラック二台には貴崎先生と舞台監督の山埼先輩が乗っている。それ以外の部員は学校で道具を積み込んだ後、副顧問の柚木先生に引率されて地下鉄に乗ってフェリペを目指した。  フェリペ学院も坂の上にある。  駅を降りて、地上に出て左に曲がると「フェリペ坂」。道の両側が切り通しになっていて、その上にワッサカと木々が覆い被さっている。その木々をグリーンのレース飾りのようにして長細い空が見える……。  ひとひらの雲が、その長細い紺碧の空をのんびり横切っていく。 『坂の上の雲』   お父さんが読んでいた小説を思い出した。わたしは読んだことはないけど、タイトルから受けたイメージは、こんなの、ホンワカとした希望の象徴……ホンワカは、この五月に大阪に越していったはるかちゃんのキャッチフレーズ……。  はるかちゃんは、スイッチを切ったように居なくなってしまった。この夏に一度だけ戻ってきたらしい。それから、はるかちゃんのお父さんが大阪に行って、一ヶ月ほどして戻ってきた……足を怪我したようで、しばらくビッコをひいていた。 「なにがあったの?」  一度だけお父さんに聞いた。 「よそ様のことに首突っこむんじゃねえ」  お父さんは、ボソリと、でもキッパリとそう言った。  はるかちゃん……。 「あ」  わたしは踏鞴(たたら)を踏んだ。ホンワカと雲を見ていて、縁石に足を取られたんだ。 「気をつけろよ、本番近いんだからな」  峰岸部長の声が飛んできた。 「そうよ、怪我はわたし一人でたくさん」  潤香先輩が合いの手を入れてくる。みんなが笑った。まだリハーサルだというのに連勝の乃木坂学院高校演劇部は余裕たっぷり。 ――あ、コスモス。  わたしは踏鞴を踏んだ拍子に切り通しの石垣に手をついて、石垣の隙間から顔を出していた遅咲きのコスモスを摘んでしまった。 ――ごめんね、せっかく咲いていたのに。  わたしは遅咲きのコスモスをいたわって、袋とじになっている台本に挟んだ。コスモスには思い出が……それは、またあとで。フェリペの正門が見えてきちゃった。  リハといってもゲネプロ(本番通りの舞台稽古)ができるわけじゃない。あてがわれた時間は六十分。照明の仕込みの打ち合わせをアラアラにやったあと、道具の仕込みのリハをやる。  本番では立て込みバラシ共々二十分しかない。四トントラック二台分の道具を、その時間内でやっつけなければならないのだ。潤香先輩が階段から落っこちたのも、ばらしを十八分でやったあと、フェリペの搬出口を想定した講堂の階段を降ろしている時に起きた事故なんだ。
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