ひそ、ひそ、ひそ。

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 ***  おかしい、と思うようになったのはそれから暫く後のことである。  真夜中に夫が部屋を抜け出すことが増えたのだ。それも、何故だか携帯電話を持って。世の中には携帯を持ってトイレに行く者もいるのかもしれないが、こっそり様子を見たところ彼が向かったのはトイレではなかった。  ちなみに私達が住んでいるのはマンションで、私と彼は同じ部屋で寝ている。寝室から出て短い廊下を出れば、そこはもうリビングだ。今は風通しをよくするため全部屋の窓を開けているため、リビングのドアも開けっ放しとなっている。 ――何してるんだろ、隆佑さん。  気づかれないように廊下からリビングを覗き込んだ私は、彼がこちらに背を向けて、電気もつけずに携帯を耳に当てているのを見た。どうやら、こんな時間に誰かに電話をかけているらしい。ひそ、ひそ、ひそ――囁くような小さな声で、何かを喋っているのが聞こえる。当然、電話の相手の声が漏れてくるということはない。 ――夜中に、電話?誰に?  何を言っているのかはわからないが、いつもの優しくて穏やかな彼らしからぬ、陰鬱とした声だった。私に愚痴を言っていた時の声を、さらに暗く沈めたような声である。  夜中にこっそり電話――まさか、浮気だろうか。しかし、女性が苦手な彼が真夜中に浮気相手にこっそり電話する、なんてのがまず想像できないことである。大体、浮気相手と話すならもっと明るい声で喋りそうなものであるが。 ――なんだろう。……すごい、胸騒ぎがするんだけど……。  そういえば、ここ最近彼は事ある毎に自分に言ってきていたような気がする。 『俺の携帯、絶対に触らないでね。そういうの、どうしても我慢ならないんだ』  確かに、自分がいない時に携帯電話をこっそり見られるというのは嫌だろう。私も同じ気持ちだし、秘密も何もなくても良い気持ちがしないのは確かだ。いくら夫婦でも、よっぽどのことがない限り、守るべき境界線というものはあるだろう。  問題は。彼が不自然なほどそれを言うようになったのが、ここ最近のことであるということである。今まで私も彼の携帯を見ようと思ったことなどないし、彼もそれを知っていて言わなかった筈なのに――何故ここ一週間ほどで急に?という話だ。 ――何を隠してるんだろう、隆佑さん……。  一度抱いてしまった疑念は、日毎に膨らむ一方であったのである。
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