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***
そう、出来心のようなものであったのだ。
「じゃあ、行ってきますー」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
その日、彼は寝坊をしたことで、ややギリギリで家を出て行くことになってしまった。慌てたように皮靴をひっかけて飛び出していく彼に手を振ってリビングに戻ると、私は彼がテーブルの上に携帯電話を忘れていることに気づいたのである。
――ちょ、隆佑さん携帯!営業に携帯電話は命でしょ!?あれ、会社用の携帯は別にあるんだっけ!?
今なら間に合うかもしれない。携帯を手にして家を飛び出そうと思った時、ふと思い出してしまったのがここ最近の彼の様子である。真夜中に、毎晩のように起きだして電話をかけていた彼。一体どこの誰に電話をしていたのだろう。まさか浮気、だけはないと信じたいが――しかし。
――もしかして今が、確かめるチャンスなの……?
本当はいけない、とわかっていた。しかし気づけば指はスマートフォンのスリープ画面を解除し、ロック画面の番号に指を滑らせていたのである。
彼はロックをかけていた、が。ロックに使いそうな番号は粗方想像がついているのだ。誕生日、車のナンバー、それから――銀行の暗証番号。彼の口座の管理は私が引き受けているので、銀行口座の暗証番号は私も知っている。同じ番号を使いまわしている可能性は、非常に高かった。
案の定だ。暗証番号を入力すると、あっさりロックは解除された。ドキドキしながら携帯の着信履歴を見る。真夜中の二時頃。彼は一体、毎晩のように何処に電話をかけているのか。
「…………え?」
その番号は。
“0000000000000”。
「0の、十三桁……?な、何これ」
電話番号が十三桁なわけがないし、そもそも全てゼロの番号など聞いたこともない。当然、こんな番号にかけても相手が出るはずがないというのに、一体何故。
次の瞬間。
「!!」
手に持った携帯が震え、突然鳴り響き始めた。隆佑が大好きなドラマの主題歌だ。底抜けに明るいメロディーとは裏腹に、私の背中は冷たい汗で濡れていく。――表示されていたのはまさに、たった今私が着信履歴でチェックした番号。0の十三桁という、奇妙な電話番号から、何故か電話がかかってきているのだ。
――な、何これ。何これ!?
しかも恐ろしいことに、普段ならすぐに留守番電話に切り替わるはずが、今はいつまでも電話が鳴り響き続けている。どうすればいい。どうすればいいのか、これは。まるで金縛りのように固まって動けなくなった私の耳に、がちゃり、と玄関のドアが開く音がした。
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