ひそ、ひそ、ひそ。

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 はっとして振り向けば。真っ青な顔をした、隆佑の姿が。どうやら携帯がないことに気づいて、慌てて戻ってきたということらしい。彼は自分の携帯を握ったまま立ち尽くしている私を見、今までに見たこともないような恐ろしい形相で叫んだ。 「何をしているんだ、みのり!」 「え……」 「見たのか?見たんだな、“あの番号を見たんだな”!?」 「そ、それは……だ、だって……!」  いつもの彼じゃない。まるで何かに取り憑かれたかのように、怒りの形相を浮かべる彼に。私はまともな言い訳もできず、震えるしかなかった。 「あ、あと少しだったのに……!」  彼は私から携帯をひったくった。そこで気づく。彼は怒っているのではない――何かに酷く、恐怖しているということに。ガタガタと全身を震わせ、彼は獣のように叫んだ。 「あと少し、あと少しだったのに!あと少しであの女を呪い殺してやれたのに……!!」  あの女。まさか、夫をここ最近苦しめていたという上司のことだろうか。  茫然としている私に見向きもせず、彼は携帯を掴むとそのまま家の外へと飛び出した。その耳に、携帯電話を当てて、叫びながら。 「申し訳ありません、申し訳ありません!“お約束”を守れなかったこと深くお詫びいたします!ですからどうか、どうかもう一度、お力を……っ!」 「りゅ、隆佑さん待って!待って!」  私達の自宅は三階だ。彼はエレベーターを待つ時間も惜しかったのか、階段を転がるように駆け下りていく。我が家はあまり電波が良くない。もっと音を拾いやすい外に出ていったのか、それとも他に何も考える余裕さえなくなっていたのか。  私はエプロンとサンダルという姿のまま、その背中を必死で追いかけた。彼をこのまま行かせてはならない、頭の中でガンガンと警鐘が鳴り響いている。そして。  ドンッ!  祈りは、届かなかった。  私の目の前で、道路に飛び出した彼の体は、そのまま乗用車に撥ねられて宙を舞っていたのである。 「いやあああ!隆佑さん、隆佑さん――っ!!」  そのまま、夫は帰らぬ人となってしまった。  後でインターネットで調べて知ったこと。どうやら彼は、何かおまじないのようなものを試していたらしい。憎い相手を呪い殺す、おまじない。十日連続で、真夜中の同じ時間に電話をかけ、同じ呪文を唱えることで成就するという。ただし、その履歴を誰かに見られたり、呪文の内容を人に聞かれてしまった場合は呪い返しが発生して罰を受けるのだそうだ。  果たして私がどうすればよかったのか、今でも分からない。彼が人殺しになるのを黙って見ていれば良かったのか――それとも彼がそのようなおまじないに手を出す前に死ぬ気で止めなければいけなかったのか。  追い詰められた人間は、時にどれほどの代償を払ってでも、恐ろしい術に手を染めたくなってしまうものなのだ。  なんせ今私はパソコンの青白い光の前で、ゆっくりとキーを打ち込んでいる最中なのだ。 『検索……“大切な人を、蘇らせる方法”。……誰か教えて。私、どんなことだってするから……』
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