祓い師舞の事件簿

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 女生徒達の話声が満ちる放課後の廊下、ホームルームが終わったばかりなので、これから部活へ向かう者と帰宅する者とで昼休みに次いで喧しい時間帯だ。  廊下へ出ると直ぐに生徒達から挨拶を受けた。 「永津(ながつ)せんせー、さよーならー」 「うん、また来週ね、あ、おい廊下、走るなよ!」 「はーい」  パタパタと走り抜けていった女生徒の足が緩む。会釈をしてくる生徒には笑顔で同じように返す、または手を振る。  黙っていればイケメン、永津はじめに対する生徒達の大半の意見はそれだ。185センチ超の長身、小さな顔には精工に作られたパーツが並び美男子と称するに相応しい。  だが、時々何もない所で転んだり抜けた表情を見せたりと愛嬌のある一面、そんな所から黙っていればイケメンという不名誉な呼称を与えられている。  赴任してきて二週間足らずであるが、柔和な雰囲気と、誰にでも親身になってくれる対応、それもあって生徒だけでなく教師陣からも信頼を得つつあった。  生徒達からの挨拶やら揶揄いやらを受けながら階段を上り続ける。  スーツの上着は職員室へ置いてきたので、今は淡い水色のワイシャツに濃紺のストライプのネクタイをしていた。  階段を上がりながらネクタイを外し、シャツのボタンを外す。ふぅっと無意識に吐息が零れる。スーツは普段から着ているが、ネクタイは苦手だ。  ズボンのポケットに無造作にネクタイを突っ込む。  二階から上り、永津は屋上へ出る階段に足を掛けて止めた。 一度背後を振り返る。三階部分、永津の居る階段付近は空き教室となっていて、さっきまでの喧騒は遠くに聞こえて来るだけだ。 それでも用心深そうに一度振り返り、誰も居ない事を確認するとまた上りを再開する。  折り返し上った先、屋上へ出るドアの前には一人の男が立っていた。その人物を認めると永津は小さく頷く、相手は何も言わずにドアの施錠を解くと屋上へ出て行った。  ドアを開けると、直ぐに山の緑と、空の青が目に飛び込む。いつ見ても清々しい景色だと永津は思う。今日は梅雨の合間の僅かな晴天、からりとした空気を吸い込み深呼吸をした。  ドアは校庭側にある、くるりとその反対側へと歩いて行くと、先に出ていた藤倉直(ふじくらなお)が柵の手前に立っていた。 「なお」  ゆっくりと呼びかける。藤倉が振り返る、背後には住宅街、遠くには田畑と山々が見える。適度に田舎なこの場所は、永津が元々住んでいた都内のような大きなビルなど皆無だ。その分遠くまで見晴らせる。 「……どうだ?」  感情の窺えない声で藤倉が問いかけてきた。紺色のスーツの上下、白いワイシャツにスーツと同系色のネクタイは緩められる事もなく襟の所できちっと結ばれている。 見ているだけで息が詰まりそうだと永津は思う。藤倉が仕事中にネクタイを緩めた所など見た事がない。 「特に、反応は見つからない」 「そうか……こちらもだ」 「うん……」  声と同じで表情も変わらない。ひと昔前ならば鉄仮面などとあだ名を付けられそうであるが、彫りの深い端正な顔立ちのおかげか生徒達からは遠巻きにクールなイケメンと噂されている。  担当は化学、2年3組の担当教師、そしてこのクラスの副担任が永津である。 「まぁ、今の所、事件は起きていないしね……」  大きく伸びをしながら藤倉に近付く。ぎりっと睨み付け「起きてからでは遅い」と言う藤倉の言葉にそうだね、と言いながら息を深く吐き出す。 「こちらに気付いた?とか?」 「可能性は捨てきれない……同じ所に留まる方が稀だ……だが、この2年で4件……まだこの地に居ると考える方が妥当だ……奴……奴ら、なのかも知れないが周期が早まっている、近々姿を現すと考えられる、気を抜くなよ、はじめ」 「分かってるよ……」  永津の表情が曇る。自分達がここに居る理由、それはある事件の調査だ。  こんな青空の下、もしかしたら凄惨な事件が起きているかもしれない、それを未然に防ぐ事こそが自分達の役割。だが、それを思うと永津の心は表情以上に重く暗い気持ちになった。
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