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新緑の頃を過ぎ、大きく広げた枝や葉から覗く木漏れ日の下を舞は足早に通り過ぎて行く。
転校して一週間ちょっと、漸く新しいクラスにも環境にも慣れ始めた。
まだ新しいブレザーの制服は、濃紺の上着に紺とえんじ色のチェックのプリーツスカートだ。
放課後、新しく出来た友達にカラオケに誘われ、本当は行きたかったのだが今日は断るしかなかった。これがきっかけでもっと仲良くなれたものをと思うと悔しさで、今日これから会う相手を恨んでしまう。
遠くを見るでもなく視界には緑の山々が見える。何山脈だったか、そもそも何とか山脈、なんて大袈裟な名前がついているのかも分からないその山々を見る日々も慣れた。
二週間前に越してきた家の前には見知った車が止まっていた。それを横目に見ながら門扉を潜り、スカートのポケットに入れていた家の鍵を出し開ける。
「……ただいま」
返事はない。だが、家の中に居る事は分かっている。舞はローファーを脱ぎ、短い廊下を真っ直ぐに進んだ。
この家は舞の家ではない、遠い親戚ー兄からはそう聞いているーその親戚の家だ。叔父(仮にそう呼ぶとする)は仕事に出ていて、叔母が居ないという事は買い物に出掛けているだろう。きっと、訪問者に気を使っての事だ。
そう広くもない家の中、目的の部屋までは直ぐだ。襖に手を掛けようと伸ばした腕を引っ込め、口を開く。
「……失礼します」
「入りなさい」
直ぐに返事が返って来る、一呼吸置いて襖を開ける。七畳程の和室、舞が使わせて貰っている客間だ。
部屋の中は簡素だ、必要最低限の物しか持ち込んでいない。服などは借りている衣装ケース2つの中に全て納められ、学校に必要な物はこれも借りているカラーボックスの中に入っている。
それらは部屋の隅に纏められ、使っている蒲団もきちんと畳まれ朝置いておいたままだ。
中央に正座しているのは先程の声の男、舞を待っていたのは兄である木葉圭一だった。水色のポロシャツにブラックジーンズというラフな格好だが、表情だけ見れば正装しているような厳かな緊張感があった。
「……もう、学校は慣れたか?」
「はい」
言いながら舞は兄の向かいに用意されている座布団に座る。
「元気でやっているようで何より」
「当主様もお元気そうで……」
他人行儀な挨拶を交わす。圭一は真っ直ぐに舞を見つめる、冷徹に引き結ばれた唇に笑みはない。緊張とは少し違うが、久しぶりに会う兄に落ち着かない気持ちを宥めるように、小さく息を吐く。
「報告を」
頷いて舞は兄の目を見て答えた。
「私が来てから大きな事件などはありません、今の所気配すら窺えません……。学校の出入りですが、今年度に入っての転校生は二年に一人いますが親の転勤の為の転校で間違いありません。今年度の新入生に関しては梓が調べておりますが今の所怪しい者は見つかっていないとの事です……多分、ですがもし校内に侵入しているのであれば二年か三年のどちらかではないかと思われます、教師側ですが二週間前に産休で休む教師の代わりに新しく赴任してきた教師がおります、それと今年度になり変わった教師も含め梓が調べた所教師側に問題はないそうです」
「市内全体での行方不明者は?」
「はい、あれ以来出ておりませんし、襲われた等の情報も入っていません……今は完全に沈黙したままです」
「……そうか、ご苦労……さて、舞……」
身構えるよりも前に、圭一は項垂れた。
「なんで……なんで……連絡を寄越さない……」
「……報告は逐一」
「梓の業務連絡だろぉぉぉぉ、それはぁぁぁぁ……!!!!!」
「……」
がばっと半身を起こした兄は、木葉家当主の顔ではなかった。
「ラインも!いつも既読スルーだし!返信あったかと思えば、オレにじゃないし、何でグループラインの方に返す?何故オレへ返さない?なんで」
「重いからだろ」
襖がすっと開き眼鏡を掛けた長身の男が部屋に入って来た。
「舞ちゃん、めっちゃ引いてるじゃん」
「雅美さん!やっぱり来てたんだ……車が雅美さんのだからどこにいるのかと……」
「叔母さんと買い物、おやつ買って来たから向こうで食べよう」
「はい」
「おい、まだ話は終わってないぞ、舞!!」
「お前も来いって」
「……雅美……」
恨めしそうな目で雅美を見上げる。
「舞ちゃん、先行ってて」
「はーい、お兄ちゃんも早く来なさいよ」
お役御免とばかりに立ち上がると、さっさと部屋から出て行ってしまった。
「ま、舞……」
襖がぱたりと締まる。雅美は空いた座布団には座らず圭一の前で膝を曲げた、丁度視線の高さが同等になる。
赤茶色の髪は緩くパーマがかかり、その下の顔には鼈甲の眼鏡。真面目な顔をしているが、眼鏡の下の瞳は笑っていた。
「ほら、行くぞ、当主様」
「……先、行ってろ」
ぷいっと圭一が横を向く、21歳にしては子供っぽい仕草に苦笑いを浮かべながら屈伸するように膝を伸ばし立ち上がる。その際、雅美は圭一の腕を取った。
「うわ……」
急に立ち上がらせられた圭一は慌てた、急に立ったからではない、足が痺れていたからだ。
「……わ、っと……いて……!くそ、雅美のあほ!!」
「あははははは……や、やっぱり、お前……ははは……妹の前では、かっこ、つけてて……はは……」
「煩い、笑い過ぎだ……!!」
座布団に崩れ落ちた圭一を可笑しそうに見下ろした。
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