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「……別の奴か?」
不審そうな雅美の問いに、圭一は首を振り答える。
「分からない、だから本家にその依頼が回ってきたんだ」
「……そうか……それで舞ちゃんと梓が?」
合点がいったという顔で雅美が頷く。舞も頷き、そして兄の顔を一目だけ見て、また手元のマグカップに視線を戻した。
「お兄ちゃんはライブツアーでしょ?」
「は?いや、別にそういう訳じゃない、だいたいツアーなんてものはいつでもキャンセルしていいんだ、オレの本業は」
慌てたような圭一の言葉は舞に遮られる。
「木葉流剣術第十三代当主、でしょ?」
「違う」
「あぁ……SAMURAI4のリーダーだっけ」
「違う、祓い師だ、祓い師木葉家当主だ」
「はいはい」
呆れたような舞の相槌には、これが始めてのやり取りではない気安さと面倒臭さが滲んでいた。
「……どれでもいいじゃない」
「よくない!!」
「えーでも一番お金稼げるのはサム4でしょー?殺陣指導もやってるんでしょ、それもあるし」
雅美は面白そうに圭一と舞を交互に見ている。圭一は苦々しく思いながらも、否定はしなかった。
「……舞はそんな事を気にしなくていい……大体家業以外の仕事をやるのは今でも……」
「仕方ないじゃない、芸能関係って恨み辛みの多い世界なんでしょ?祓い師としても芸能関係から仕事来ているんだし、いいじゃない、一石二鳥」
「そうだぞ、分家なんてそれこそ有難いってもんだ」
今時祓い師なんて怪しい家業大っぴらに名乗れる訳もなく、結局は本業なんだか副業なんだか分からない仕事との二足の草鞋になる。稼ぎが多い仕事が本業になってもおかしくはない。
それこそ分家などは、剣術道場を持ち殺陣指導等も行いそれなりに名も収入もある本家とは違い、祓い師をひっそりと細々やっているに過ぎない。中村家で祓い師としての仕事をしているのは雅美だけだ。
そんな家業よりも、舞の言うようにサムライ4というグループの芸能活動で得る収入の方が遥かに上なのだが。
「……存続の為には……悪くないと思っているけどな……」
「まぁ、とにかくそれで舞ちゃんと梓が調査へ乗り出したって訳か……転校させられるなんて大変だね、舞ちゃんも……」
「初めてじゃないから別にいいっていうか……ほとんど調査しているのは梓だから……校内での異変も特に感じられないし……でも……」
けろりと答えた舞だが、表情を曇らせ口ごもる。
「でも?」
「うん……嫌な予感はずっとあるの……だから……それが怖い」
「……もう犠牲者は出したくないが……出れば証拠を見つけやすい……」
「そいういい方は良くないだろ、雅美」
「だけど、そうだろ……?まだ確証はなにもない、全て予想で動いているからな……これが鬼ではなく人間の仕業だって事だってあるだろ?二年前の祠が壊れた事件からの出来事だって鬼らしき者を見たっていう話から始まっているしな」
咎めるような圭一を視線で宥めながら正論を吐く。圭一はそれに頷くしか出来ない。
「……確かに、調べた結果妖ではなく人が犯した犯罪だった事もあるからな……それならそれで警察に引き継ぐだけだ……依頼がある以上調べない訳にはいかない」
「そうだけどさ……嫌な予感か……舞ちゃんがそいう時は大抵当たるからな……気をつけなよ……」
心配そうな優しい視線を受け、舞は素直に頷いた。
「うん……ありがとう」
「人出が足りないなら分家のどこかから手伝わせるから、オレ達はちょっと動けないからなぁ……」
「分かってるよ、ツアーでしょ?」
「ごめんね」
「いいのいいの、私もこれが片付いたら行きたいって思ってるけど……」
「そうだね、来てほしいね、な、圭」
殊更明るく雅美が言い、圭一も少しだけ頬を緩め頷く。
「あぁ……」
「それじゃあ、俺らはこれで帰るとしようか……」
ちらりと壁の時計に視線をやってから、雅美に続き圭一も立ち上がる。
「そっか、ありがとう雅美さん……兄さんが煩かったでしょ?」
「いやー、慣れてるから」
「……おい」
「迷惑かけないでよね、当主様」
舞もリビングを出ていく二人を追い廊下に出る。
「……かけてない、舞……また来るからな」
隣に並んだ妹を慈しむように見下ろす。そんな兄を見上げながら舞は素直に返事をする。
「うん」
「ちゃんと手洗いうがいをして風邪を予防するんだぞ、暑いからってクーラーをつけっぱなしで」
真剣な顔をしていたというのに、直ぐシスコンが顔を出す。うざいなと思いながらも舞はにこりと微笑んだ。
「じゃあまたね、お兄ちゃん、雅美さん」
「あぁ、また」
「おい、話は終わってないぞ、雅美、離せ、おい」
雅美に引っ張られながら部屋を出ていく兄を情けなく思いながらも、出ていく二人に少しだけ寂しさも覚えた。
そして、胸の中の不安を追い出すように、舞は笑顔を浮かべた。
「じゃーねー!」
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