1人が本棚に入れています
本棚に追加
「……何もないといいが、そういう訳にはいかないよな……」
「気になるか?」
「当然だろ……」
圭一は当主の顔で答える。
「俺は妖の気配というものにお前達より疎い、だが何かが起きようとしているのだとは思う……全てが偶然とは思えない、人の仕業だとしてもそこに妖……というよりも鬼が介在していると思えるのだよ……」
雅美は正面を見据えたまま頷く。
木葉家当主ではあるが圭一の神通力は妹の舞より、いや、分家の者達にも劣る程に弱い。本家の長兄という理由だけで当主の座についているが、それに不満を言う者は本家にも分家にもいない。
「……側にいたところでお前が役に立てる事はないだろ?」
「……わかってる」
事実を突き付けると少しだけ傷付いた顔をする、それを言った雅美も内心は傷付いている。
そうでも言わないと妹思いのこの馬鹿は自分の仕事を放ってでも居座ろうとするだろう。それは困る。
SAMURAI4のライブもだが、ツアーで寄る地方での妖の調査があるのだ。もう他のメンバーは調査に入り、魍魎の存在も確認している。あとは時期をみて始末するだけ。
圭一には気配を読み取ったり、退治する力はない。だが、その分術を用い結界を張る力だけは木葉随一であった。
だから魍魎を退治し、再び妖が寄ってこないように結界を張る場合は圭一の力が必要になる。今回訪れる場所は昔刑場があった場所で過去にも凄惨な事件が起きたり、妖が現れたりしているとの事なので土地を浄化した後、結界で守護しなければまた妖が出現する可能性がある。
それがツアーに隠された本当の目的だった。
「未来達からも急かされてる、出来たらライブ前に片を付けたい」
「……あぁ……悪かったな……今晩には発てる、準備は出来ている」
「全部終わったら舞ちゃんをライブに誘おうぜ」
「……あぁ」
巷で人気のメンズダンス&ボーカルグループSAMURAI4のリーダーである圭こと木葉圭一は木葉流剣術道場の当主でもあり、陰陽師の血を引く一族の木葉家当主でもあった。
陰陽師の血を引く、というのは実は正しくないのだが、他者に説明する時は細かく言うのが面倒だからという理由で代々「陰陽師の血を引く」と言って自分達の素性を説明している。
祓い師木葉家の一代目当主は寺の小坊主だった。それはもう今から千年以上前の事、時は平安の時代陰陽師全盛期の話。
ある高名な陰陽師が小さな山寺に泊まった時の事。その陰陽師は高齢で病気を患っていた、もう自ら先は長くないと悟っていたという。
その陰陽師は寺の僧侶達に自分の術や教えを読み伝えた。だが、元々の神通力というものが寺の僧侶達には足りなかったのか陰陽師が後を継がせられるような者はいなかった。
病気の事もあり、都へ一人帰す訳にはいかないと寺の住職は小坊主を連れとして陰陽師を生まれ故郷へと見送った。
その道中、陰陽師は思い掛けない幸運を拾う。小坊主は教えた訳ではないのに、術の数々を自分のものとして夜中徘徊していた妖を見事退治してみせたのだ。
何故そんな事が出来るのかと陰陽師は尋ねた。小坊主は躊躇いながらも答えた。部屋の外から聞いていたのだと。
門前の小僧習わぬ経を読む、そんな諺を体現したのが一代目であった。
都へ帰り着いた陰陽師は一振りの刀を小坊主に託した。それは鬼を封印せし刀だと。そして己の知己全てを伝授し、立派な陰陽師へと仕立てあげた。
それから千年以上経った今、その刀は代々受け継がれている。木葉家は長い年月、陰陽師として働いて来た。しかし元来は寺の小坊主であり、のちに寺を任される住職となった。僧侶達に術を教え、見込みのある者へと刀を継承し力を繋いできた。だから一代目からの血縁は途絶えている、だがその力は形を変え継承されていった。
もう一代目が住職をしていた寺はない。その後代々寺から継承者は出ていたが、ある時代力ある者は現れなかった。その時は刀が継承者を選んだという。
拒んだ継承者もいたと言うが最終的には刀に従い、木葉流を名乗り生かした。
そして今その刀を持つのは、木葉家当主ではなく妹の舞が持っている。
最初のコメントを投稿しよう!