第四章『S様』

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 鈴木くんはもうすっかり開き直って、斜向(はすむ)かいに座っていた須藤くんにその後紅美ちゃんはどうなったんだと聞いていたけれど、須藤くんは曖昧に笑って教えてはくれなかった。  多分、だけど。私には心当たりがある。  彼女が今もそこで療養しているのか解らないが、お役目で心神喪失状態になった人間はきっと私がまだどこにあるのか教えられていない正武家所縁の病院にいる。  多門のお父さん、清藤主門も恐らくそこに入院しているはずだ。  清藤の粛清時に記憶を無くしてしまった都貴の配下たちは警察に保護されていたが、記憶を無くしただけなので日常の生活に何ら支障はない。  しかし心神喪失状態になってしまうと日常の生活すら儘ならなくなる。  生きるために誰かの手を借りねばならず、残された家族にとっては大きな負担になってしまう。  彼女にも家族がいるんだろうけど、姉が亡くなり妹もそんなことになってしまった親の気持ちは計り知れない。  突然の事にどうすればよいのか解らず途方に暮れたことだろう。  そんな時に受け入れてくれる病院があるとなれば藁にも縋る思いで頼るに違いない。  正武家としても痛くもない腹を探られたくすらないので、彼らの事情を知る所縁ある病院を薦める。  そんでもってここからは私の推測だけど、恐らくそこで働く医師は美山高校の進学特化を卒業した人たちだと思っている。  進学特化を卒業した人たちは一旦五村を離れて、大学へと進学する。  大学を卒業したらそのまま村外で就職しそうなものだけれど、半分は五村へ戻るけど半分は戻らない。  この戻らない人たちは村外の正武家所縁のどこかへ就職しているに違いないと私は睨んでいた。  ささっと味わったのか不明な早さでババロアを食べ終わった豹馬くんが忘れろと言って鈴木くんを黙らせ、多門に視線を向ける。 「何時出発?」 「あー、このあと直ぐ出る。次代の帰宅待ちだったから」 「どこかに行くの?」  二人の会話から多門がこれからどこかへ行くのだろうけど。 「蘇芳のとこ。面倒な事案があるらしいよ」 「じゃあ澄彦さんと?」 「オレ一人。御指名」 「へぇ。坊主だから?」 「何気に比和子ちゃん、馬鹿にしてるでしょ?」 「そんなことないわよ。良いじゃない、坊主。多門は頭の形が綺麗だから似合ってるわよ」  膨れてガラスの器を片付けに立った多門を尻目に、私は蘇芳さんを思い出す。
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