第四章『S様』

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 蘇芳さんは玉彦曰く澄彦さんの悪友で、お坊さんだ。  あっさりとした顔立ちに細身の体型で、お坊さんだというのに両耳には赤いピアスをしている。  出会ってすぐの頃は無表情でお酒を呑み、何とも不気味な感じだったけれど、去年、とある事案を蘇芳さんから引き受けた時は普通に笑ったりもしていたから人見知りなのかもしれない。  その時の事案の際に瀬人(せと)という若い僧が心神喪失状態になってしまっていたけれど、彼もまた正武家所縁の病院に入院している確率が高そうだ。  正武家のお役目は当主次代が担うものと、他所へと振り分けられるお役目がある。  特に封じることに長けている蘇芳さんに振り分けられることが多いのは、それだけ澄彦さんが彼の能力を買っているということなのだろう。 「それでどんなお役目なの?」  私が聞いても多門はまだ知らないと言って、さっさと台所を出て行った。  準備に忙しいのではなく、私の詮索を避ける為だ。  追い駆けてまで質す必要もなく、私はそのまま隣の玉彦を見て肘で二の腕をつついてみた。教えてよ、と。 「俺も知らぬ。蘇芳から早急に多門を寄越せと父上に今朝連絡があったそうだ」 「そうなの。じゃあ澄彦さんは知ってるの?」 「わからぬ。多門が戻って来てから聞けば良かろう。間違っても父上の母屋へは行くなよ。比和子を座敷豚にさせるために無駄に栄養価の高い食べ物を台所に溜め込んでいると南天が言っていた」 「座敷豚……」  澄彦さんは私を座敷豚にさせたいんじゃなくて、ただ美味しいものを食べさせたいだけだと思うんだけど。  それが良いことなのか悪いことなのかはともかくとして。  竹婆の言葉は澄彦さんの耳を右から左へとそよ風の様に通り過ぎていったようである。 「ともかく比和子には関係のないことだ。しばらく多門は不在となるが、豹馬と須藤が居るゆえ不自由はあるまい。暇つぶしに鈴木も居る」 「オレ、暇つぶしに頑張るよ、比和子ちゃん!」  玉彦の言葉に乗った鈴木くんはガッツポーズをして私に力強く頷いたけど、暇つぶしに頑張るって何をしてくれるつもりなんだろ。  そんなこんなでそれからすぐに一つだけ旅行バッグを手にした多門が台所に顔を出して玉彦に出発の挨拶をし、私たち五人は嫌がる多門の後に続いて裏門で出征をする人間を送り出すかのように彼を見送ったのだった。  結局多門が外のお役目へと行ってしまったので、鈴木くんのお話は多門が帰って来てからということになったのだった。
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