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「ただいま」
疑心暗鬼になりつつ家に帰ると、いつものように、おかえりなさい、と声が響くが、すぐに美桜の泣き声に掻き消される。
僕は自分の情けなさを隠すように由紀さんと面と向かう事を避けていたのだが、今はそれ所ではない。
「泣き止まないの?」
美桜を見るフリして由紀さんの顔を見るが、変わった所はなさそうだ。
「うん、ごめんね」
「いいよ。先にお風呂入るから」
「パジャマは用意してあるよ」
風呂に向かいながらもう一度振り返る。
だがおかしな所は何もない。
杞憂であれ、と願いながら湯船につかる。
そこから目についた鏡の汚れ。
「あれ?」
完璧な由紀さんに限って見落としたのだろうか。
気にならないと言えば気にならないほどの汚れ。だが由紀さんに限って――と疑いの眼差しがその汚れに引き寄せられる。
それから風呂を出ると僕は他にも汚れがないかと探していた。
あった。
脱衣所の隅に残っているホコリが。
こんなもの僕の一人暮らしだったなら大して気にしないほどのものなのだが、おかしなことに由紀さんの場合となると変わってくる。
完璧な由紀さんに限ってあり得ない……。由紀さんの当たり前だと思っていた完璧が揺らぎ始めている。
なんだろう、この違和感。
だけど、情けない僕は見抜けない。
課長――由紀さんの指示がなければ僕は能無しなんだ。
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