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平日の公園は、人気が少なく、静かで落ち着く。
柔らかく吹く風に、さわさわと揺れる木々の葉の下——風都と並んでベンチに座る。
「僕は今すぐにでも結婚して、可愛い子どもが欲しいです。だけど、仕事で上を目指したいという彼女の願いを、無視することはできません。彼女は仕事を愛していて、それが彼女を輝かせているからです。僕は、一生懸命仕事に向き合っている彼女が好きです。今、彼女から仕事を取り上げてしまったら、彼女の魅力が半減してしまう。お母さんもそう思いませんか?」
「って、言ったの?」
風都を見上げると、なんだか満足そうに頷いている。
「そうだよ。そしたらお母さんも、そうね。あの子はどういうわけか仕事が好きなのよね。誰に似たのかしら。それはさておき、風都くんがそう言うなら、孫の顔はもう少し待った方がいいわね。風都くんがついててくれたら、ひとまず安心できるし……。そのかわり、絶対に鈴と別れないって約束してね。絶対に結婚するのよ?可愛い孫を抱くことが私の最後の夢なんだから。って言われたんだ」
あの母が言いそうなことだ……。どんな顔をして言っていたのかも、簡単に想像できてしまう。悪気はないとは言え、とんでもない約束をさせられた風都には、申し訳なさで頭が上がらない。
「本当にごめんね」
「どうして鈴が謝るんだい?」
「だって、約束っていうか、呪いの言葉みたいじゃない?うちのお母さんの言葉って……」
「呪いの言葉だなんて僕は思わないよ。僕のことを認めてくれたわけじゃなくて、鈴の結婚相手としてキープされたんだろうなとは思うけど……。お見合い相手より一歩リードしたってことだからね。僕としては嬉しい限りだよ」
無邪気に笑っている風都の腕に、自分のそれをそっと絡める。彼の肩に頭を乗せると、心の中がじわりとあたたかくなっていく。これは、妖精の癒しの力——とは、きっと少し違う気がする。
「私には風都しかいないよ」
キープなんかじゃない。いつか結婚するなら、絶対に風都がいい。風都しか考えられない。
こればかりは、母親がどんなに反対しても聞き入れられない。どうしてもダメだと言うのなら、人間界なんてあっさり捨ててやる。そんなことまで考える。
「僕にだって鈴しかいないよ。だから、思う存分やりたいことをやれば良い。そして、いつか、僕と結婚しても良いなって思えたその時は、僕をお婿さんにしてほしい。僕はいつまでだって待っているから」
「えー?待ってるだけなの?プロポーズは改めてするからねって言ってたじゃない。してほしいなぁ、プロポーズ」
甘えるように見上げると、風都が困ったように頭をかいた。
「もちろんするよ。でも、鈴が求めているような、ロマンチックなプロポーズができるかどうは分からないよ?」
「どんなプロポーズだって嬉しいよ。嬉しくて泣いちゃうよ、絶対」
「僕も泣くよ。絶対」
「私の方が泣くもん」
「いや。僕の方が泣くよ」
「私ですー」
「僕だね」
くだらない言い争いの末、顔を見合わせて吹き出すように笑った時——どこからともなく、花の香りが漂った。甘くて、懐かしい、幸福な香り。
これが幸せじゃなかったら、何を幸せと呼べばいいんだろう。
人間と妖精?そんなことは関係ない。これから先、どんな試練が待ち構えていても——乗り越えてみせる。そう、絶対に。
空はどこまでも澄み渡り、花は咲き、風が吹く。隣には、大切な人。
あぁ、幸せだ。叫びたいくらい——幸せだ。
「ずっとずっと一緒にいようね」
「ずっとずっと一緒にいよう」
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