だい1わ

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だい1わ

 空が遠くなる感覚というのを実感する、十二月の始まり。  私は冷え込んだ放課後の教室でぼんやりと窓の外を見ていた。  寒くはあるが雪が降るようなほどではないし、マフラーと懐炉でやっていける。  ただ、周りはそうでもないらしく……。 「ねえ、カレシ出来たってほんと?」 「うん、年上の高校生一年生。アニキの友達だったんだけど、告白されたからオッケーしちゃった」 「えー、いいなあ。私もクリスマス前には作りたいわー」  人肌を求め、そこかしこでそんな話題が紡がれていた。  そこはかとなく漂ってくるクリスマスムード。早いところはすでに電飾で飾り付けられたクリスマスツリーを設置していたり、クリスマスソングを流す店なんかもあった。  そうなると浮足立つのは女子たちだ。  中学二年生になって、周りの女子たちからは色恋沙汰の話が増えてきた。  何組の誰それと付き合いだしたとか、やっぱり年下はダメだとか、耳にしたくなくても飛び込んでくるのだ。  ――私、田中(たなか)真理(まり)も中学二年の十四歳ではあるのだが、個人的にはそういう色恋沙汰とは無縁で過ごしていた。  今の私には恋愛よりも夢中になるものがあったからだ。 「真理、帰ろうよ」  ぼんやりと外を眺めるふりをして、周囲のゴシップに耳を傾けていた私を呼び、笑顔を見せる友人に、私は首を横に振る。 「今日は部活あるから」  そう言って、友人である鈴木(すずき)(みこと)の誘いを断る。  尊とは入学してからの友人で、二年生になっても一緒のクラスになったことで関係が続いていた。  特別喧嘩もしたことはないし、良好な関係を続けられている。  そんな尊は、私の言葉に少し呆れたような顔をした。 「部活じゃないじゃん。申請通ってないし」 「ぐ……、いいのよ、気持ちが大事なの」 「気持ちって、探偵ごっこの?」 「ごっこっていうなよー、部活!」  そこを刺されると痛いので、私も唇を尖らせて否定する。  そう、私はいま、たった一人の部活『探偵部』をやっている。  しかし、部員は私だけで、そもそも学校側には部として認められていない。  なので、探偵部というよりは、探偵ごっこと評した尊の言葉のほうが的確ではある。 「よく続けられるよねえ」 「だって、かっこいいじゃん。探偵」 「真理の言う探偵って、アニメの探偵じゃん。リアルな探偵じゃないでしょ」  そこで尊は溜息を吐き出し、肩を竦ませる。その仕草だって、アニメっぽかった。  私が一人でも探偵部をやっている理由は、某探偵アニメに触発されたからだ。  ……そのアニメに出てくる登場人物がかっこよくて、憧れた私は、『高校生探偵』になりたいとマジで考え始めた。  そんなもの、実際にはいないと分かってはいるが、だったらもしかしたら私が第一号になれるかもしれないじゃないか。  その衝動が私に探偵活動を行わせていた。  周りから見ると、とても痛々しい活動に思えるかもしれないが、今の私は恋愛よりも探偵が一番だった。 「……で、その探偵の依頼はきてるの?」 「来てる……浮気調査だけど」 「はは、リアルな探偵のやつだ」  アニメの探偵は殺人事件だとか誘拐事件、そんなものに対して立ち向かって行くんだけど、現代社会の探偵の仕事というのは、主に浮気調査をすることが多いそうだ。  将来、探偵になりたいと願う私としては、浮気調査だってバカにしてはいないのだけど、やっぱり理想と現実のギャップに気持ちは沈む。  多分、事件を取り扱いたいなら刑事を目指すのが良いのかもしれないが、高校生刑事という響きは高校生探偵より野暮ったく聞こえるのはどうしてだろうね?  ともあれ、今の私は四組の合原(ごうばる)さんからカレシの浮気調査を依頼されているところだ。  合原さんのカレシは、私のクラスメートである海老川(えびかわ)くんだったので、学校での一日の行動を観察し、彼が合原さん以外の女の子と仲良くしていないかを調べていた。  ――結果として、海老川くんは黒だった。見事に浮気をしていたのだ。  相手は部活の後輩だと分かった。  私はその調査結果を、依頼主である合原さんに伝えれば今回の調査は終わりになる――んだけど、そうしない。  実は以前も浮気調査の依頼を受けたことがあったんだけど、その時は馬鹿正直に依頼者に、「カレシさん浮気してました」って証拠を手渡したら、依頼主は大激怒したのだ。  その結果、依頼主は機嫌を損ね、依頼料を払ってくれなかった。  部活だから金銭のやりとりはしていないけど、お昼ご飯を奢るのが報酬になっている。  依頼主は、カレシが浮気していると分かり、不機嫌になって依頼料をほったらかしてカレシとその浮気相手に突撃していった。  結果、私のことは完全に忘れ去られ、ただ働きをしただけとなった。 「尊、ちょっとついてきてよ」 「えっ、アタシも?」 「こういう時、女子二人のほうが効果的なんだ」  そう言って、ターゲットである浮気中のカレシ、海老川くんに声をかける。  海老川くんはこれから部活に向かうところだったらしく、教室内でスマホを弄りながら時間になるまで暇をつぶしている様子だった。 「海老川くん、ちょっといい?」 「……なんだよ?」  スマホから顔を上げ、海老川くんは私と尊の顔を見比べる。  彼とは仲良く会話なんてしたこともないし、声をかけられて少し驚いている様子だった。 「海老川くん、バスケ部だよね」 「そうだけど?」 「一年生のマネージャー、可愛い子が入ったよね」 「……な、何の話?」  途端に、海老川くんの表情がころっと切り替わった。  悪戯がバレた子どもみたいに焦りが浮かぶ。引きつった表情が、海老川くんの心情を現わしていた。 「随分仲良くしてるみたいだね。カラオケ、二人っきりで行ったんだって?」 「な、なんでそれを……」 「相手の子のツイッターにね、色々書いてて」 「ところで、四組の合原さんがねぇ……」 「んぐ……」  合原さんの名前を出したところで、海老川くんは完全に青ざめていた。  私はニタリと、意地悪な笑みを浮かべ、かけているメガネをくい、と演出のように持ち上げた。 「海老川くんが浮気してるかもって……気が付き始めてるんだよね」 「な、なんだって……」  滑稽だ。自分の浮気がバレないとでも思っていたのだろうか。  トリックが見破られた犯人みたいに、汗を垂らして彼は生唾を飲み込んだ。 「証拠はいろいろと揃えちゃったから、あとはコレを合原さんに見せたら、私の浮気調査は御終いになるんだけどー」 「や、やめてくれ!」  海老川くんは私に縋りつくように情けない声を上げた。  バスケ部のエースである彼の憐れな姿に、私は悪魔の笑顔で対応する。口角を吊り上げ、メガネを光らせ、『交渉』が行われるのだ。 「後輩の女の子とはすっぱり縁を切って、合原さんに最高のクリスマスプレゼントを用意するんなら……、このことは黙っておいてあげてもいいぞ」  そう言って、私は隣にいる尊に、意味ありげに視線を移す。  眼を向けられた尊はなんだか迷惑そうな表情をしていたが、「ハハハ」と乾いた笑いを零した。 「わ、わかった。そうする。ルミに最高のクリスマスプレゼントを用意するから、マネージャーのことは言わないでくれ!」  私はその発言を録音して、海老川くんに聴かせる。すると、海老川くんは「うひっ」と情けない悲鳴を上げて、もう一度「勘弁してくれ」と許しを乞うてきた。  私は慈愛の表情に切り替えて、憐れな罪人に「うんうん」と頷き、その場を颯爽と立ち去るのだった。  ――教室から出て廊下を歩きながら、後ろからついて来た尊が、ぼそりと「名探偵が聞いて呆れる」と呟いたのを耳が拾った。 「しょうがないでしょ、時には真実を告げることより依頼主の幸せを考えるほうが優先されることもあるのよ」  私は尊に対して、シャーロック・ホームズが助手のワトソンが忠告するみたいな態度で言ってやった。  尊はまだ、ジト目でこちらを見ていた。  私が四組の合原さんに「カレは浮気してなかったよ」と報告すると、彼女は「やっぱり、そうだよね!」と嬉しそうな声を上げた。 「合原さんに隠れてコソコソしてたのは、クリスマスプレゼントを考えていたみたいだったから、クリスマスの時まで知らないフリ、してあげてやって」 「そっかー! そうだったんだ、やっぱり海老川くん、わたしのこと考えてくれてたんだね、うふふ」  私は心底よかったね、という表情で合原さんの肩を叩いてやるが、後方でそれを黙って見ていた尊はどんな顔をしていたのだろうか。 (まぁ……結局探偵の仕事っていうのは……こういうものだよね……)  分かっていた。  本当の大事件を解決するようなことなんてありえないことを。  だから、こんな些細な事件を、幸せに導くことが私の役目なのだと思っていた。  おかげで、私は明日のお昼、合原さんから奢ってもらえることが確定されたのだから。  これまでの依頼だって、浮気調査以外でなら、落とし物探しだとか、いなくなったペットを探してとか、そういうものばかりだ。  私の依頼主は中学校の生徒ばかりだし、依頼の質だってそんな程度のものだ。  私の憧れる高校生探偵に、一歩ずつ近づいているのかは分からない。  分からないが……、依頼主が怒って事件を解決するより、笑顔で依頼料を払ってくれる方が、気持ちがいいものじゃないか。  そんな私の探偵部に、とんでもない依頼がやってくるのは、そう遠くないことだった。  その依頼主は、探偵部の私に、こんな依頼をしてきたのだ。 「転落死の原因を探してくれ」  ――と。
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