だい2わ

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だい2わ

 冬は個人的には好きなほうだ。夏よりはいい。  暑さは思考能力を落とすが、寒さはシャキっとさせてくれる、ような気がするから。  尤も、春や秋のほうがもっと過ごしやすいとは思っているけども。 「あ」  寒さで指先がじんじんしている冬の朝、登校途中に私のスマホにメールが着信した。  普段あまりメール機能は使わないが、探偵部の依頼はメールで飛んでくるようにしている。  学校には掲示板があるんだけど、そこに一つ張り紙をしているのだ。  『悩み事を解決します。探偵部。成功報酬はお昼ご飯を奢ること』と簡単な告知を出して、連絡先に自分のメールアドレスを入れている。  つまり私のスマホにメールが来るということは、探偵部への依頼が来たということになるわけだ。  私は画面を操作してメールを開くと、内容を確認した。  そこには短く、こんな風に書いてあった。  ――『転落死の原因を探してほしい』。 「え……?」  私はぎょっとした。最初に思いついたのはイタズラだろうかという考えだ。  しかし、だ。  その考えに私は自分で待ったを入れた。 (『転落死』の『原因』を探して、なんて言葉をイタズラにするかな?)  探偵部の張り紙を見て、イタズラを考える生徒もいる。過去にそういう経験があったため、私は色々と依頼者を見極める術を身に着けていた。  まず、このメールアドレスを見ることができるのは、この学校に通っている人だけだ。  つまり、中学生か、教師だけ。  教師は私の『探偵部』が部として認められていないことを知っているためか、依頼なんてまともに連絡してこない。  場合によっては、私の張り紙を剥がされてしまうことさえあった。  つまり、必然的に私の依頼者は、同じ中学の生徒のみとなる。  そういう場合、イタズラを考える奴らというのは、実にお子ちゃまな連中が多い。  過去のイタズラ内容はというと『殺人事件が起こったので犯人を捜してくれ』とかだ。  殺人事件なら、私が捜査する以前にテレビで話題になるはずなので、この時点であり得ない。  イタズラはなんというか、露骨な文面でこちらの気をひこうとしているためか、依頼内容がバカ丸出しなものが多いわけだ。  あと、宿題を手伝ってくれなんてものもあったが、論外だ。  私が今回のこのメールを、イタズラだと切り捨てなかった理由は、その文面のフレーズだ。 (わざわざ、転落死って書くのが妙だな。しかも、安易に犯人を捜してとかじゃない。『原因』を探すなんて、暇つぶしのイタズラで思いつくだろうか?)  しかし、ニュースでここ最近、近所で飛び降りがあったとかそういう事故があったとか聞いたことはない。  念のため、ネットでニュース記事を漁ってみるけど、やはりそんな事件はない。 (やっぱりイタズラか?)  すぐに返信をするか少し悩んだ。  その時、冷風が私にぶつかってきて、身を固まらせることになった。 「うう、さむっ。先に教室についてから考えよう」  冬の朝の通学路は冷え込む。教室でゆっくりどうするか考えようと思って、私はスマホをポケットに突っ込み、足早に学校へと向かうのだった。  ――教室にやってきて、自分の席に着くと、私は改めてスマホを取り出した。  さっきのメールを確認するが、やっぱり何度見ても『転落死の原因を探してほしい』という文面は、単なるイタズラとは思えなかった。 「おはよう」 「……え、あ、うん。おはよう」  ふと、スマホを覗き込んでいる私に、聞き慣れない男子の声が届いて顔を上げる。  反射的に私は挨拶を返したが、椅子に座る私を相手が見下ろしているのをまじまじと見て、私は後から戸惑った。  彼は同じクラスの男子、佐藤(さとう)(とら)くんだ。  多分、二年生になってから、まともに会話をしたことがない男子だ。  たしか、彼は成績優秀でクラスの中でも、いや学年でトップレベルの学力だったはずだ。  部活はしておらず、帰宅部だったと思うが、なぜ急に私に「おはよう」なんて挨拶をしてきたのだろう。 「……」  彼はじっとこちらを見つめたまま、動かない。  私はきょとんとしてから、暫し彼と見つめあうだけになった。 「な、なんかよう?」 「メールは見てないのか」 「え?」  佐藤くんはちょいちょいと右手の人差指で私のもつスマホを指した。  私は思わずスマホと佐藤くんを見比べて、間抜けな顔をしてしまったと思う。 「転落死の原因の、依頼主?」 「そうだ」  言葉数が少ない佐藤くんの声は、まだ声変わりが中途半端で、少しハスキーな声色をしている。  男子にしては大人しく、冷静なタイプの彼はそんなにクラスで目立つ性格をしていない。  しかしながら、彼の頭の良さは誰もが知っているので、みんな一目置いている。 (佐藤くんってこんな感じの男子なのか)  同じクラスになって、もう十二月。まともに交流した事のない生徒は多い。  私が佐藤くんとまともに交流したのは、これが初めてだった。  なんというか、表情があまり変わらない。  ロボットみたいに無表情だけれど、その目は理知的で透き通って見える。  細い眉と二重の瞼は、少し魅力的に見えたが、イケメンっていうよりは綺麗めな男子という印象だ。 「ええと、この、メールを送ったのが、佐藤くんで間違いないんだね?」 「そうだ」  短い返事で彼は自分のスマホを取り出すと、送信履歴の画面をこちらに突き付けてきた。  それは私のスマホに届いたメールと同じ文面。  アドレスも彼のもので寸分違いない。 「転落死って……、どういうこと?」 「ここじゃ話せない」 「え、じゃあ……場所変える?」 「おはよー、真理!」  佐藤くんと会話しているところに、尊が割り込む様にいつもの挨拶をしてやってきた。  それを確認して、佐藤くんはさっと身をひるがえし、何も言わずに自分の席に戻った。 「……どしたん? 佐藤くんと話してた?」 「いや……なんでもない」  一応、探偵の義務として、依頼主の依頼は他言無用だ。  尊には色々と言ってしまうことも多いが。まだ佐藤くんの依頼の全貌が見えないから、私は尊の質問を適当にはぐらかした。  その時、スマホが震えた。  メールの着信だ。私はそっと彼の背中を見た。どうやらスマホを操作しているようだ。  彼からのメールが届いていた。  次の十分休憩に、食堂前に来てくれと書かれていた。  これからホームルームがあって、その後一時間目の授業が始まるまでの間、短い十分休憩がある。  そこのタイミングで、食堂の前に行けばいいのだろう。  確かに朝のこのタイミングで食堂に向かう人は少ない。時間的に人目が少ない時間帯で間違いなかった。  私は暫く、佐藤くんの背中を見ながら、転落死のことを考えていた。ホームルームの点呼の時に、ぼーっとして先生にあやうく欠席扱いにされるところだった。  ――ホームルームが終わると共に、私は席を立った。  なにせ十分休憩はあっという間だ。本来その十分間の休憩は、せいぜいトイレにいくとか、次の授業の準備程度で潰れてしまう。  そんな短い時間で、依頼の話を聞くのだから、本当なら放課後辺りにじっくりと話したいところなのだが、佐藤くんもホームルームが終わると共に、風のように教室から立ち去った。  私はその後ろに続くような形で、食堂へと向かうことになった。  佐藤くんは足早に廊下を進み、階段を下って、中庭を抜ける。  体育館の隣にある食堂に辿り着くと、彼は券売機の前にあるベンチに腰かけた。  私は少しだけ考えた。どんな話が飛び出すのだろうか。  なにせ、転落死の原因調査だ。  これまで私が受けてきた依頼の中で最も大きな事件と言える。  もしかして、これが私の高校生探偵への第一歩になるかもしれない! という期待と、やっぱりからかわれているのではないか? という猜疑心がほんの一瞬の間に頭の中で交錯した。  結局のところ、私は十分休憩の内、もう二分も経過していることを考慮して、さっさとベンチに座る彼の正面に立った。 「ここでなら話ができるってことでいいのかな?」  私はベンチに腰掛けている佐藤くんを見下ろして、確認した。  からかわれているのなら、ナメられたくないという気持ちがあって、わざと佐藤くんを見下ろすような姿勢をとった。  佐藤くんは、顔を上げ、私の目をじっと見つめてきた。  すらりとした顎の細さに、整った鼻すじ。そして、彼の薄い唇は少し乾燥しているのが分かった。  別段イケメンという感じではないが、見た目で頭良さそうだなという偏見を持ってしまう印象を彼はもっている。  私の好きな高校生探偵の主人公も、こんな感じの見た目ではあるんだけど、あっちはもっと性格が明るくてキザなところもあったり、ひょうきんなところもあって、かっこいい。  佐藤くんの印象は、そう……、感情が芽生えたアンドロイド、みたいな感じだった。 「座らないのか?」 「そんなにゆっくりしてるヒマないでしょ? もう三分経過してる。戻る時間も入れてあと五分しかない」  悠長なことを言う佐藤くんに、私は急かす。別に授業に遅れることを気にしているのではない。  この状況で一時間目の授業に遅刻すると、佐藤くんと一緒に教室に戻ることになるから、色々勘繰られると想像したためだ。 「なら、単刀直入に言う」 「うん」 「転落死をした原因を知りたい」 「その、転落死って、誰が死んだの?」 「僕だ」 「……は?」  ひゅう、と冷たい冬の風が吹きつけた。  寒いギャグを飛ばしたのか、はたまた予想通り、からかわれただけなのか。  ともかく私はその時、思い切り表情をしかめていたことだろう。 「ふざけてんの?」  私はさっと周囲を見回した。  これがイタズラだったなら、この様子を他の男子あたりが見て笑っていることだろうと考えた。  だが、朝の食堂の周りは静かで私たち二人の他には誰も見当たらない。 「……本気になっているんだ」 「本気になっている??」  私の棘のある言葉に対し、彼はなんだかズレた回答を吐き出した。  相変わらず、こちらの顔を真っすぐ見つめたまま、声変わりしている最中の中性的な声で、そう言った。 「恋に落ちた」 「……会話しよう、佐藤くん」  彼の発言はバラバラで、まるで会話がなりたっていない。  と、思った。が――。 「転落死した」  と、彼が付け加え、私はハッとした。 (ああ、そういうことか)  つまり、この依頼。転落死の原因調査とは……恋に落ちた原因を知りたいということか。  佐藤くんのような男の子でも、やっぱり恋愛感情を持っているのだな、とそんなことがぼんやり浮かんだ。  アンドロイドみたいだなんて言ってすまなかった。 「ああ、つまり恋愛相談? 相手の女の子の調査とか?」  転落死の原因、なんて回りくどい内容で依頼を出したのは、恋愛に関する依頼をすることが恥ずかしかったからかもしれない。  女の子たちは、恋愛の話題を開けっぴろげにするものだけど、男の子はそういうことをあまり話したがらない。  男子は、そんな話題を聞くと茶化してはしゃぐことが多いから。 「いや……、相手の調査じゃなく、転落死の原因……。なぜ、僕が恋に落ちたのかを知りたいんだ」 「へ?」  佐藤くんは、至極真面目な顔をして、私を真っすぐ見ながらそう言った。あまりに淡々と言うから私は一瞬意味が計れなかった。 「相手のこと、好きになった原因を知りたいってこと?」 「そうだ」 「そうだ……って、自分の気持ちでしょうが。相手を好きになった原因なんて、佐藤くん以外誰も分かりっこないよ」  感情表現が薄い、聡明少年の言葉は、一般人の私にはいまいち掴み切れないところがある。  大抵、誰かに恋をした時は、原因を把握しているものじゃないだろうか。  一緒にいて楽しいからとか、運動している姿がかっこいいからとか、優しくしてくれたからとか。  周りの女の子たちはそんな話をしていたぞ。私は恋愛なんかそっちのけなので、なんとなくしか分からないが。 「僕にも、分からない」 「そう言われてもなぁ……。ちなみに誰が好きなの? 言えないなら答えなくていいけど」  もし、相手の女の子のことが分かれば、その女の子の魅力的なところを並べ上げて、この中のどれかじゃないか、なんてアドバイスはできるだろう。  恋愛に奥手そうな佐藤くんだから、相手の名前を出すのは嫌かもしれないが。 「田中真理」 「田中さんか」  意外にあっさりと回答したので、拍子抜けした。  田中、田中……、田中、真理……? 「え?」 「本気に、なってるんだ」 「は……っ?」  田中真理は、私じゃないか。  佐藤くんは、まだじっとこちらを見ている。悪びれもせず、声色も変わることなく、やっぱり淡々と言った。 「お前が好きだ」  一時間目の授業を告げるチャイムが、鳴り響いた。
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