だい3わ

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だい3わ

「大丈夫? 早退しないの?」  二時間目まえ、教室に戻ってきた私に対し、友人の尊が体調を訊いてきたので、私は大丈夫と返答した。  あの一時間目を報せるチャイムのあと、私は教室に戻らず、保健室で横になっていた。  一時間目を、保健室でサボることにしたのだ。  無論、その理由は佐藤くんにある。  耳を疑う佐藤くんの話に、思考が追い付かない状態で、休憩時間の終わりを聞いて、私は慌てた。  佐藤くんは涼しい顔をして、教室に戻ろうとか言って来たが冗談じゃない。  いま、告白されたんだぞ私は!  生まれて初めて告白されたんだぞ!  その相手と、仲良く一緒に教室に戻ってみろ、周りはどんな想像をする!? (お、あいつら付き合ってんの?)  ってなるでしょうが!  ただでさえ、この時期教室の女子はそういう話題に敏感だ。  男女が同じタイミングで教室に遅刻して戻ってきたら、根も葉もないウワサが走り回ることになる。  だから、佐藤くんはまっすぐ教室に戻っていったが、私は保健室に向かい、調子が悪いからと保険医の先生にお願いして、ベッドを借りたのだ。  その判断は正解だったと思う。  なにせ、一時間目の時間を、静かな保健室のベッドでじっくりと物思いに耽ることに専念できたからだ。  ――佐藤くんの『転落死の原因』というのは、すなわち、『恋に落ちたきっかけ』だった。  その相手というのが、他でもない私だという。  言われた瞬間は、チャイムが鳴ったこともあり動転していて考えがまとまらなかった。  一人になって、じっくりと考えることができて私は色々な可能性を想像していた。  可能性その一。  これはドッキリである。  しかし――その案はすぐに違うと否定された。  イタズラやドッキリなら、どこかにギャラリーがいないと成立しない。  あの十分休憩という短い時間にドッキリをやるというのも、不合理な気がする。    可能性その二。  これは告白ではない。  この可能性はありえると思った。  友達として好きだと言ったのだ、という線はあり得るのではないか?  ――いや、でも佐藤くんは「恋に落ちた」と明確に言ったんだった。  そ、その上で、私のことをじっと見て、まっすぐ、言ったんだ――。  ――お前が好きだ――って。  恋に落ちた原因が知りたいだって……?  そんなの、こっちが訊きたいわ!!  なんで彼が私のことを好きになったんだろう?  っていうか、普通好きになった相手に「なんでお前のこと好きになったのか分からないから理由を探してくれ」なんて頼むだろうか!?  私は混乱の中で色々と可能性を模索しては、ベッドの中で唸り声をあげることになるのである。 「ありえない……」  私は思わず、げっそりとした表情で独り言ちた。  それから私は、佐藤くんのことを考え続けて、あっという間に保健室での時間が過ぎ去った。  結局、なんの結論も出せないまま、私は教室に戻って来たというところだ。  ちらりと教室の奥の佐藤くんを見た。  私の席からは彼の背中が見える。 (全然話したことないよね)  私は自分の中学校生活を振り返りながら、過去、佐藤くんと会話したことがあったかと記憶を掘り返す。  でも、どれだけ考えても彼と会話したことは一度もない。  接点は、同じ教室のクラスメートというだけだ。  一年生の時は別のクラスだったし、私と彼は、二年生になってから今の十二月までしか関わることもなかったように思う。  席も離れているし、挨拶さえしたことがない――。  佐藤くんは、男子の中でもそんなに目立つ存在じゃない。  物静かで、大人しい性格なのか、他の男子みたいにぎゃあぎゃあ騒いでるところもみたことがないから、尚更目に留まることもなかった。  ただ、強いて言うなら、彼は学年で上位の学力を誇っていることだろうか。 (頭のいいヤツっていうのは、何考えてるか分からないなぁ)  そんな感想に辿り着いた。  アンドロイドみたいに表情が変わらない佐藤くんが、なぜ私のことを好きになったのか。  彼自身もその理由が分かっていない。  おかしな話だとは思うが――。今回の依頼は、受ける受けない関係なしに、とてつもなく気になって調べずにはいられなくなっていた。 (……なんで? だって私、別に可愛くないし……)  私は探偵部なんて特殊なことをやっている以外は、いたって普通だ。  ミドルボブの髪型は中学生らしい身の丈に合ったシルエットをしていて、まさに女子中学生の見本です。平均です。と言わんばかりだ。  それに眼鏡をかけている私は、ちょっと垢抜けない。  平々凡々。私だって多くの女子の中で目立つような存在ではないはずだ。  それこそ、尊のほうが可愛い。綺麗な髪を後ろで纏め上げて、ハツラツな印象に好感を持つ。スタイルも良いし、尊は男子に人気なはずだ。  顔やスタイルで好きになったのではないなら、中身だろうか。  性格――、私の性格?  こんな高校生探偵に憧れる夢女子まがいの、勘違い探偵部部長を好きになるだろうか? (あり得ない、やっぱりあり得ない……)  チャイムが鳴る。  二時間目が始まるのだ。  教師がやってきて、英語の教科書を取り出しながらも、私はまるで授業の内容が頭に入らなかった。  ただ、ずっと佐藤くんの背中ばかり見ていた。  今日はまったく集中できなくて、そのままお昼時間の休憩になって、私は重い溜息を吐き出した。  尊はそんな姿に「やっぱり早退したほうが良いんじゃない?」と心配そうな顔をしていた。 「いや、大丈夫。ほんと、なんでもないから……」 「なんだよ、まるで恋の病にでもかかったみたいだぞ~」  尊は冗談めかしてそう言ったが、私は思わず声を上げて否定していた。 「違うちがう!」  自分でも思いがけず大きな声が出たので、ハッとした。  これじゃあ、本当に私が恋をしているように見えるじゃないか。  違う。逆だ。  私は、。  佐藤くんに、告白されて……。 「そんなにムキになって否定しなくても、もううちら中二だよ。恋愛くらいしてて当然だし」 「いやだから、私は別に好きな人なんていないから!」 「いるでしょ、名探偵アニメの主人公が」  ニタリと意地悪な笑みを浮かべてからかってくる尊に、私は「うぐっ」と言葉を詰まらせた。  そう。尊の言葉は紛れもなく真実だ。  私の初恋の相手は、アニメで見た、高校生探偵だった。  小学生の時に見て、そのかっこよさに恋に落ちた。  アニメを欠かさずみて、原作のマンガだって全巻揃えた。  毎年公開される劇場アニメは最低五回は見に行ったし、自室は高校生探偵のグッズで埋め尽くされている。  私は、いわゆるオタクだ。クラスにも数名オタクがいることは把握しているものの、私の毛色とはちょっと違うやつで、そちらはBLが好きらしい。  尊は、アニメやゲームもそれなり楽しむタイプだけど、キャラに恋をするほどハマっているわけじゃない。  私は所謂、重症の夢女子だと判定されるかもしれない。でも、そんな私のオタク度を知っても尊は仲良くしてくれた。  それどころか、私の妄想デートの話に付き合ってくれたりもするいい友人だ。  からかってくる程度には、尊との関係性はとてもいい感じで、私は内心彼女が友達で良かったな、といつも思っている。 「じゃあ、何を溜息ついてんの? 朝も一時間目休んでたし。体調が悪いわけじゃないんでしょ?」 「……うー」  尊に相談するべきなのか迷う。  探偵部への依頼として届いたメール。  それはもう、『依頼』という枠を飛び出している。  なにせ、自分自身に関わることだから。  これが単純に、「告白されたから相談に乗って」と言えるのが本来の友達の姿なのかもしれないが、状況が特殊すぎて説明しにくい。  悩んだ挙句、私は尊にこんな質問を投げかけてみた。 「へんなこと、訊いていい?」 「なによ?」 「私って……、可愛いと思う?」  我ながら、なんというメンヘラな質問だろうか。  でも、今の私にはその質問さえ、考えて考え抜いた結果出たものだった。 「……プレーリードッグって知ってる?」 「穴っぽこから、顔だすヤツだっけ?」 「それに似てる」  なんだそれは。  可愛いかどうかを訊いたのに、尊は動物に例えて質問をはぐらかした。 「あたしはー、プレーリードッグ、可愛いなあと思うよ~」  尊はわざとらしく棒読みで私から視線をそらし、つらつらと語った。 「私が可愛いってことか?」 「いや、プレーリードッグが可愛いって言ってる」  ばっさりと一刀両断する尊に、私はかくんと顔を落とす。  いや、そういう回答が一番適切だろうなあと自分でも思うからだ。  だって、私は可愛くはない。  オタクだし、パッとしない。プレーリードッグみたいに愛嬌はある、かもしれないが。 「じゃあ、私のいいところ、分かる?」 「なんなの、今日は。なんかあったの?」 「いいから、私のいいところ、言ってみてよ」 「メンドーな彼女みたいなこと言うなぁ」  そうだろうとも。  私だって、探偵部の活動のなかで、色んな色恋沙汰の調査を受けてきたけど、その度考えるのが、恋愛ってめんどくさそうだなあというものだった。  相手のことを好きになるのは素敵なことなのかもしれないけど、そのせいで、相手を束縛してしまいかねない厄介な気持ちを持つことになる。  私は、その時自分の恋愛相手が二次元のキャラクターであることにホッとしたりもする。  だって、彼は私を裏切ることはないからだ。彼の浮気調査なんて考える必要はない。 「真理のいいところは……」 「うん」 「…………」 「おい、間が長い」  尊が中々良いところを言わないので、私は面倒な彼女の皮を被って突っ込んだ。 「冗談だよ。真理は、面白いと思う。行動力があるし」 「面白いって……」  それはある意味、良いところでもあるが、悪い部分にもなるのでは。 「だって、探偵部なんて普通はやらないよ。それも一人だけで」 「……それは私がオタクだから」 「それはちょっぴり違うんじゃない?」 「え?」  尊はアニメのキャラみたいに、わざとらしく指先を振って、「ちっちっちっ」と舌を鳴らした。  ちょっと時代錯誤なアクションだと思った。  茶化すような態度であったが、尊の口調はどこか突き抜けていて、私は思わず聞き返す。 「あたしがオタクだったら、その探偵の夢小説を書くとか、そういう方向に行く。てか、大抵そういう方向で楽しむもんじゃない?」 「小説とか書けないし、書いたことない」 「書ける書けないは別にしても、アニメのキャラが好きだから、同じことをやってみたいって発想は、なんかちょっと違うと思うんだよ」 「どういうことさ?」 「なんていうのかなー。根っこっていうか。エネルギーの根源がさ、真理は違うように思うんだ」  尊は考え込みながら、言葉を選んでいる様子だ。  きちんと考えて、真面目に私の質問に向き合ってくれているんだ。  だから、私も気持ちが少し引き寄せられていた。 「例えばさ、あたしが好きなアニメのキャラ、バスケのやつ、知ってるでしょ」 「ああうん」 「あたしも色々妄想はするんだけど、その人と一緒にデートしたいとか、恋愛したらどうなるかな、とか」 「うんうん」 「でも、バスケやりたいとは思わないワケ」 「あー……」  尊の言わんとすることがつかめた。 「真理はさ、高校生探偵をやりたがってるじゃん? それって、私昔から疑問だったんだよね。ただのオタク精神だと『そうはならんやろ!』って」 「うーん……。でも、私が憧れてるのはやっぱり、『高校生探偵』の彼だし……」  憧れを追い求めているうちに、私はそれになりたいと思うようになっていた。  それは確かに、恋愛感情から生み出させる行動として、奇妙にも思える。 「だから、あたしは真理の行動力だけは認めてる」 「だけか」 「……だけだなあ」  いけしゃあしゃあと尊は言ってくれるものだが、それが返って気楽でいい。  私と尊が仲良くやっていけてるのは、この距離感の心地よさもあってのことだ。  ――だとしたら。今の尊の話を参考にして、私の魅力を考えると、探偵部なんかを一人でやっている特異さが魅力だってことになる。  もし、そこに佐藤くんが惹かれたのだとしたら……。 (佐藤くんは、やっぱり頭おかしいんじゃないか?)  失礼ながらにそういう結論が出てくる。  だって、そんな変な女に興味は持っても好きにならないだろう。  探偵やってます、なんていう中学生の女の子に対し、恋には落ちない。普通は。  考えれば考える程腑に落ちない。  なぜ、彼が私を好きになったのか。  そもそも、本当に好きなのか?  ……いつからだ? 「そうだ……。それだよ!」  思わず私は口にしてしまっていた。 「な、なにが?」  怪訝な顔をする尊を気にする余裕もなく、自分の脳裏に浮かんだその閃きをしっかりと頭の中で反芻させる。 (佐藤くんが恋に落ちた原因……いつから私のことを好きになったのかが分かれば、推理しやすくなる)  恋に落ちたタイミングが分かれば、原因もおのずと判明するのではないかというのが、私の思い付きだった。 (やっぱり、彼とはもう一度きちんと話さなくちゃダメだ) 「ごめん、尊。私、部活あるから今日も帰れないわ」 「そ、そうなんだ。うん、頑張って」  尊にひとつお詫びをしておいて、今日の放課後の活動を行うことにした私は、スマホのメールアプリを操作した。  メールを送る相手は言わずもがな、佐藤くんだ。
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