だい6わ

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だい6わ

「……ここは……」  私は佐藤くんに連れられて、電車に乗り遊園地までのこのことやってきていた。  ついてきてほしいと言われて、どこに向かうのかと思ったら、まさかの遊園地だったので、私はその入り口で固まっていた。 「行こう」 「ちょ、ちょっとまった! ど、どうしてこんなとこ入るの!?」  佐藤くんはチケット窓口に向かっていくので、私は慌ててそれを引き留めた。  土曜日の昼、男子と二人きりで遊園地なんて……それはまるで……というか完全に、デートだからだ。  私たちの関係性を周囲にバレたくないから、朝のマックに呼び出して事情聴取をして帰るつもりだったのに、こんなところを誰かに見られたら弁明できない。 「試したいことがある」 「試したいこと?」  佐藤くんは、無感情なままに抑揚なくそう言った。  私は怪訝な顔になって、おうむ返しをする。 「それって、依頼に関係ある?」 「ある」  きっぱりと彼はそう言った。  そう言われたら、探偵としては断れない。  一体、この遊園地で今回の依頼の解決に繋がる『試したいこと』が達成できるのだろうか?  私は結局、佐藤くんに続いて、チケット販売窓口に行き、遊園地へと入ることになった。  まさか知人に出くわすようなことはないと思いたいが、念のために周囲を警戒しておく。  ジェットコースター、おばけやしき、メリーゴーランドに、観覧者。一通り、遊園地にあるべきものが揃っている模範的な地方遊園地だ。 「試したいことってなに?」 「田中がさっき言っていた、吊り橋効果だ」 「あ……、不安な気持ちが恋心に錯覚するってアレね」  先ほどのマックでのやり取りで出た話だった。  あれを試したいというのは、どういう意味なんだろう?  もう佐藤くんは私に慕情を持っているんだから、今更吊り橋効果を試しても意味がないと思う。 「ジェットコースターはどうだ?」 「え? どうだって? 吊り橋の代わりになるかってこと?」 「そうだ」 「うーん、絶叫系だし、なるんじゃないかなあ? カップルが遊園地に行ってドキドキするのも、もしかしたら、吊り橋効果のお陰なのかもしれないし」  私にはあんまり縁のない話だと思っていたが、こうして佐藤くんと遊園地に来ている今、その縁には巡り会えたということになるのだろうか。 「よし、いくぞ」 「う、うん。でも、今更ジェットコースターで吊り橋効果を体験して、私のことを好きになった原因が思い出せたりするかなぁ……」  私のぼやきを無視して、佐藤くんはジェットコースター乗り場に向かって進み始めた。私はその後ろについていく形になった。  ちなみに私はジェットコースターは好きだ。  好きになった原因は、私の好きな高校生探偵が出てくる漫画の第一話が、ジェットコースターを題材にしたトリックだったからだけど。  ジェットコースターの列に並び、佐藤くんと二人で順番が来るのを待つことになった。  あんまり話をしない佐藤くんと、アトラクションの行列で待つ時間は、また別の意味で困ることになった。  無言のまま、ジェットコースターに搭乗するまでの時間を過ごさなくてはならないのだから。  これが、恋人同士なら色々ときゃっきゃと盛り上がったりもするのだろうが、私たちの間には、沈黙だけが横たわっていた。 (なんか気まずいな……)  居たたまれない気持ちというのは、こういうことを言うのだろう。  これまでまともに会話をしたことがない佐藤くんと二人きりというだけでも、話に困るのに、まるでデートみたいに遊園地に来て、アトラクションの順番待ちをしている状況が、より口を堅く結ばせていた。  なんの話をしたらいいのか、分からない。  佐藤くんはじっと前を見ていて、無言を貫いている。  そんな彼の隣に立っている私は、傍から見たら彼女のように見えるのだろうか?  だとしたら、あのカップル、喧嘩でもしてるのかと疑われるだろう。  それくらい、二人の視線は交わらないし、会話もなかった。 「寒くないか」 「えっ、あ……、大丈夫」  思いがけず、佐藤くんがこちらを気遣うような言葉をくれた。  私はなぜか、ドキっとしてしまって、少々声が上ずった。  それで、私は改めて佐藤くんを見つめた。  隣に立つ彼は、背丈もそんなに高くないし、仮面をかぶった様な無表情で、前をみているだけだ。  男らしいかと言えば、そうでもないし、所謂草食系というか、インドア派の印象を受ける顔立ちをしている。  聡明そうな目元が、つり上がっていて、良く言えばクールな面持ちだ。 「田中は、こういう場所によく来るのか?」 「友達と何度かあるよ。と言っても年に一~二回ってとこだけど」 「そうか。僕は家族以外とでは行ったことがない。これが、初めてのことだ」 「そうなんだ?」  佐藤くんの普段の姿から思い描いても、彼が友人とテーマパークに遊びに行くのは想像が難しい。  本当に、家族以外とこんな場所に遊びに来たのは、これが初めてなのだろう。  そう言われると、なんだか私は少し心が弾んだ。  なぜかは分からない。ただ、悪い気はしないと思った。 「ジェットコースター、怖いと思うか?」 「私は、ジェットコースター好きなほうだよ」 「……む」  そこで佐藤くんは不自然に言葉を詰まらせた。  口を真一文字に結び、眉根を寄せて難問に当たった様な表情をしていた。 「……もしかして、佐藤くん絶叫系苦手なんじゃない?」 「経験がないだけだ」  そう言う彼は少し表情が硬くなっているように見えた。  私は少しだけ悪戯な笑みを浮かべ、彼を揶揄うことができる材料を見付けられて嬉しく思った。  これまでは彼の突拍子もない話に、こちらが仰天させられてばかりだったけど、彼の動揺する顔を拝むことができるかもしれない。 「いやー、楽しみだねぇ」  ニヤニヤと笑みを浮かべてみせる。少しはこれで佐藤くんが戸惑ってくれれば、遊園地に来た甲斐もあるというものだ。 「楽しいか? ほんとか?」  ――が、彼の反応は意外なものだった。  前を向いていた顔が、ぱっとこちらに向き直り、私の目と視線がぶつかった。  佐藤くんは、仮面のような表情から、その瞼を大きく開き、どこか紅潮している頬を持ち上げているように見えた。 「えっ、いやっ……。まぁ……ちょっとは」  想定外の彼の表情に、私はフェイントを食らった気分だった。  なぜか、佐藤くんは嬉しそうな顔をしていたのだ。  いや、表情はほとんど変わっていない。最近、彼のアンドロイドみたいな顔をよく観察していたから、気が付ける程度の些細な変化。  それが、私には、佐藤くんが喜んでいるように見えた。  私のドギマギした返事を受けた彼は、「そうか」と短い言葉と共に、また前を向く。  心なしか、瞳がキラキラとしているように見えた。  聡明そうな天才少年のそれが、その瞬間は年相応の無邪気さを纏わせていたように思える。 (そ、そんな顔……されたら、こっちが困るじゃん)  私は、なんだか恥ずかしくなって俯いた。  そこからは、待ち時間があっという間に過ぎたように感じた。  私たちの番が来て、ジェットコースターに誘導されると、私は二人掛けの狭い車両に押し込められ、身体を固定するバーに捕らわれた。 「あ、眼鏡、外しとこう」  そして私は眼鏡を取り外し、ポケットに押し込んだ。  ジェットコースターに乗っていると、眼鏡が吹き飛ばされてしまうかもしれないからだ。 「……」  隣を見やると、素顔になった私を、佐藤くんはじっと見つめていた。 「な、なに?」 「……田中真理が、好きだ」 「っ……」  突然の宣言に、私は言葉を失ってしまう。  なんでいきなりこのタイミングで言うんだ! 「まもなく発車します。それでは、いってらっしゃいませー!」  アトラクションスタッフのマイク音声と共に、けたたましいベルの音が鳴り響き、私たちの乗るジェットコースターが、レールを上りだしていく。  ガタン、ガタンと金属音が響き、景色がどんどん広がっていく。  ここでドキドキしているのは、ジェットコースターのせいだ!  佐藤くんの告白は関係ない! 吊り橋効果は錯覚なんだ! 「錯覚なんだぁぁぁぁ~~っ!」  ゴオオオオオオッ!!  私の絶叫と共に、ジェットコースターは一気に加速し下っていく。  突風の中を突っ切り、ガコンガコンと車体が揺れる。  胃が上下左右に揺さぶられ、ふっとした感覚が体内の臓器を持ち上げて、肝を冷やさせていく。  私はジェットコースターの面白さを堪能するために、思いっきり手を上げ、絶叫マシンの動きに悲鳴に似た嬌声を上げる。  ふと、隣の佐藤くんを見ると、無言なのは相変わらずだが、その表情は強風にあおられ、ガチガチになっていた。  絶叫系に慣れていないらしい。  ざまぁみろ! 私のことを弄ぶからだ! その怖がってる顔をしっかりと目に焼き付けさせてもらうからね!  ジェットコースターはあっという間に終わり、私たちはまた乗り場の入口まで戻って来ていた。  私は最高に面白かったので、その時点で清々しい気持ちになっていた。  佐藤くんは、すっかりコチコチになっていた。結構、ジェットコースターは堪えたらしい。  これだけ驚いているなら、吊り橋効果もあったのではないかと思った。 「どうだった? 何か思い出せた?」 「いや……。僕は別段、なんともない」 「えぇ……。それじゃあ何のための実験なのよ。吊り橋効果の感覚を味わって、転落死の原因を思い出すんでしょ?」  佐藤くんの白い肌が、普段よりも青ざめているように見えるのは気のせいだろうか。  そんな彼に、私はわざと意地悪な言い方で、詰め寄ってやった。 「何を言ってるんだ。この実験は、僕の吊り橋効果じゃない。お前の吊り橋効果だ」 「……えっ」 「しかし、田中はジェットコースターは怖くないらしいし、失敗だったな」 「ちょ、ちょっとタンマ! 私の吊り橋効果実験ってなに!?」  この遊園地に来たのは、佐藤くんの依頼のため、転落死の原因探し。つまり、私のことを好きになった時のことを思い出すための、吊り橋効果実験ではないのか? 「僕はもうお前のことを好きなんだ。今更吊り橋効果もなにもないだろう。吊り橋効果にかかるのは、田中のほうだ」 「……つ、つまり……。私が佐藤くんにドキドキするかどうかの実験だってこと!?」 「そのつもりだ。お前が僕に対して恋に落ちれば、その瞬間を知れるだろう? それは調査のヒントになると思った」 「そっ、そんなことになるかぁ!」  私が、吊り橋効果で佐藤くんのことを好きになるなんて、そんなことになるわけない!  私は高校生探偵のカレが好きなんだ! 佐藤くんではない!  ドキドキはしたけど、それは恋じゃない! 「……写真撮ってもいいか?」 「写真?」 「眼鏡をはずしたお前の顔が、可愛らしい」 「ば、ばか! ぜ、絶対ダメ!」  私は慌ててポケットに入れていたメガネを取り出しかけなおした。  なんでそんなことを言うんだ、さっきから!  私は可愛い女子じゃない! 眼鏡をはずしても、並みレベルのそんじょそこらの女の子だ!  私が眼鏡をかけると、佐藤くんは心なしか残念そうな顔をした。 「お前が僕を好きになってくれたらと、願っていたんだがな」 「ば、バカじゃないの! わ、私は探偵なの! ロジックの女なの!」 「僕のことをバカと言うのは、田中だけだな」 「……ほんと、何考えてるのか全然分かんないよ……佐藤くんは……」  どっと疲れた私は、マイペースすぎる彼に振り回され、近くの電灯に寄り掛かってしまう。 「よし、次はおばけやしきに行こう」 「え……、まさかそこでも私が吊り橋効果を発生させるか、調べるつもり……?」 「そうだ。絶叫系がだめなら、ホラーはどうだ?」 「……おばけやしきは苦手な方だけど、そこまで話されてて、恐怖のドキドキと恋愛感情を同一視は絶対しないからね……!」  私は頑なに、佐藤くんへ恋心は持たないと誓った。  少なくとも、この遊園地にいる間は。  こんなもの、実験でも何でもない。ただの……デートじゃないか。  せっかく入園料を払ったから、楽しまないと損だし、もうやけくそだ。  私は結局、その日佐藤くんと一緒に、遊園地のアトラクションを制覇することにした。  そして、彼の前では絶対に眼鏡は外さないと、心に誓いを立てた――。
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