92人が本棚に入れています
本棚に追加
だい8わ
憂鬱なる月曜日……ではあったが、年末に向かっていくこの時期は、なぜかみんなを浮足立たせてる様子だった。
もうすぐ冬休みも始まる。それもあるのかもしれないが、私としては、冬休みが来る前に、この転落死の原因を突き止める依頼を終えておきたいのだ。
そうじゃないと、もやもやしたまま年越しすることになってしまう。
もう残された時間はあまりない。
手がかりになる人物は分かった。
誰とも打ち解けてないように見えていた佐藤くんだったが、たった一人、友人がいたようだ。
その彼の名前は高橋悟。
一年生の時、佐藤くんと同じクラスだったらしい。しかも佐藤くんとはそれなりに交流もあったようなのだ。
彼は私のクラスとは別のクラスだったが、私は朝早くに学校に着いて、高橋くんがやって来るのを待ち構えていた。
話したことはなかったが、クラスと名前が分かれば簡単に割り出せる。
学校の下駄箱で待っていればいいのだから。
案の定、暫くすると彼は自分の下駄箱から、上靴を取り出した。私はそこを捕まえる。
「高橋くんね?」
「……そうだけど、きみは確か探偵部の田中さん?」
「あら、私のことを知っているなら話は早いわ」
「知ってるも何も、きみは結構有名人だからね」
あまりいい意味で有名人ではなさそうだなと、脳裏に過ったがそれは無視して高橋くんを連れ出すことにする。
「探偵として、聞きたいことがあるの。ちょっと付き合ってくれるかな?」
「いいけど……なんのことかな」
彼は肩から下げていた鞄を、ぐいと持ち上げて私と一緒に廊下を歩きだした。
あまり人が来ないところで話したかったので、食堂前までやってくる。
案の定、朝のこの時刻、ここはやっぱり人が少ない。
朝のホームルームまでの時間はそんなにないので、のらくらと話をしているわけにもいかない。
私は単刀直入に、高橋くんに佐藤くんのことを訊ねることにした。
「聞きたいことは、私のクラスメートの佐藤虎くんのこと。一年の時、同じクラスだったんだよね?」
「ああ、虎のことか。ちょっとびっくりしたよ。オレの身辺調査かと思った」
高橋くんはそう言うと、朗らかに笑った。
なかなか余裕のある優しそうな男子だ。確か、彼はバレーボール部だったはずだ。身長もなかなか高いし、運動神経が良さそうだ。
女子の人気もそれなりに高かったはず。
そんな高橋くんが、佐藤くんと接点があるとは思わなかった。
「オレが分かる範囲のことなら、教えてやれるよ」
「じゃあ、一年生の頃の佐藤くんって、どんな男子だった?」
「……どんな……? うーん、今もそんなに変わりないと思うけど、勉強ができる、独特な感覚をもったやつだったな」
それは確かに、今の佐藤くんと同じに思える。どこか天才肌というか、凡人にはない異様な雰囲気を持っているし、言動が予測不能で、話しているとこっちの気が持たなくなってくる。
「どうして、佐藤くんと仲良くなったの?」
「あいつ、あんな性格してるから、孤立してたんだよ。んで、ちょっとクラスの中で虐めになりかけた時期があった」
「えっ……、ほんとに?」
「いや、あくまでなりかけた、って感じだぜ。そうなる前に落ち着いたんだ」
「ちょっと、その話詳しく聞きたいんだけど」
結構、デリカシーのないことを突っ込んでいるとは自覚があったのだが、この情報は佐藤くんという人間を知らない私にとって、とても大きな情報だった。
高橋くんは、少し考えるような顔をしたが「まぁ、未遂になったし、いいか」と呟いて、私の質問に答えてくれた。
「中学に入って、みんながみんな、緊張してる中、どうにか自分と同じ仲間を嗅ぎ分けて仲間造りを始めてた頃、虎は完全に孤立してた」
あの奇妙な性格だと取っつきづらくて、凡人には馴染みにくいことだろう。
その光景がありありと脳裏にイメージできた。
「んで、周りが友達グループが出来上がって、虎は一人ぼっちになっていることを揶揄うヤンチャなヤツもいたわけだ」
「うん」
この中学生という環境は、とても繊細で歪で、神経を使う。
小学生の時にはなかった、スクールカーストが顔を覗かせ、クラスメートは勝手に周囲の人間を値踏みし始める。
こいつは自分より、上か下か。それを確認すると、多感な時期の私たちは、自分たちで柵を作りだすんだ。
子供の頃にはなかった人間の持つ、歪んだ社会性の一端が、クラスの色んな所から発生していく。
私だって、それを知っている。
私自身が、探偵部なんてハチャメチャな活動をしているからだ。
その結果、自分が孤立するかもしれないという覚悟はあった。
幸い私には、友人がいてくれたが、佐藤くんは仲間のサークルから外れた攻撃対象として認定されかけたようだ。
「ある時、そのヤンチャくんが、虎をからかって、ひと悶着あった。虎は、いっつも飄々としててそれでいて頭がいいから、ガキンチョだったそのヤンチャくんは気に入らなかったんだろうな。ちょっと脅せば、虎が言いなりになると思って、掴みかかったんだ」
まるでガキ大将みたいな奴だなと私はぼんやり考えた。お前のものは俺のもの、とか言いそうだ。
「その時、オレが割って入ったんだ。オレ、背丈があるから、見た目だけで相手をビビらせるくらいはできるんで、ヤンチャくんはあっさり引いてくれた」
「へえ、男気あるんだね。高橋くん」
「そんな大したものじゃないよ。オレ頭が悪かったから、虎に恩を売っとけば、勉強のことで頼れるかもって思っただけだし」
照れ臭そうに高橋くんはそんな言い訳を付け加えた。
なににせよ、佐藤くんの危機を救ったのは彼だという事実がある。
二人はそこから友達として、仲良くなっていったらしい。
「テスト前は、虎の家に行って勉強したりできたお陰で、オレも随分助けられたんだぜ」
「佐藤くんの家に、行ったことあるんだ?」
「そりゃ、友達ン家くらい行くさ」
「へえ……じゃあほんとに仲良かったんだね。佐藤くん、家でもあんな調子なの?」
「そうだなあ。あいつは良い意味でも悪い意味でも、あんな調子だったよ。あいつの部屋はテレビもマンガも、ゲームもないんだぜ。参考書とか辞書ばっかりで驚いたぜ」
中学一年生という遊び盛りの時期に、そんな部屋で生活しているなんて、やはり佐藤くんはちょっと変わり者だな。
なんだか、彼の部屋の様子が想像できてしまう。
……?
(ちょっと待てよ?)
私は、高橋くんから聞かされた佐藤くんの部屋の光景を想像して、違和感を感じていた。
その違和感が、なんなのか、自分の記憶をまさぐって、あっ、と思わず口を開いてしまった。
「ねえ、高橋くん。今の話、ほんと?」
「え? 虐めの話か?」
「違う。佐藤くんの部屋の話。テレビもマンガも、ゲームもないって」
「ああ、そうだよ。誇張してるように聞こえるかもしれないけど、マジであいつの部屋は資料室みたいな印象だったぜ。オレ、息抜きもできなくて、あの部屋で生活したらノイローゼになると思ったもん」
高橋くんは肩を竦めて、苦笑いをする。
私はその発言を聞いて、奇妙に思った。
「マンガ、もってなかった? 少女漫画。『キミにとどろけ』」
「え? いや、マンガは一冊もなかったよ。ましてや少女漫画なんてないってば」
高橋くんはきっぱりと否定した。
彼の言葉を信じると仮定して、私は違和感の正体に確信を持った。
彼は、私に一度、漫画を見せている。『キミにとどろけ』という恋愛漫画だ。
マンガを一冊も持っていないのなら、あれはなんだったのだろう?
「あー、でももしかすると……そのマンガって、妹のやつなんじゃない?」
「妹? ……佐藤くんの妹? 妹いるの?」
思いがけない話が飛び出して来た。
彼のあの独特な個性から、勝手に一人っ子のイメージを持っていたが、妹がいるなんて初耳だ。
「いるよ。一つ下の学年に。多分、この学校の一年生にいるはずだ」
「っ……!! 下の名前分かる?」
「え? えーと……妹とはそんなに面識なかったからな……。なんて言ったっけ……。ネコの名前は覚えてるんだけど」
「ネコ……って、ネコも飼ってるんだ?」
なんだか、私は佐藤くんのことを本当に何も知らなかったんだなと思い知る。
妹も居て、ネコも飼っていたなんて、とても意外だと感じていた。
「ちなみに、ネコの名前は?」
「みいちゃん」
「……結構安直な名前だね」
もしや、ネコにプレーリードッグなんて名前を付けているか、なんて邪推をしたが、想像以上に普通の名前だったので、私は肩透かしになった。
結局、高橋くんは佐藤妹の名前を思い出せなかったが、こちらはいくらでも調べようはある。
一年生の佐藤という女子を探ればいいのだから。
ネックなのは、佐藤という苗字の平凡さだろうか。よくある苗字なので、もしかしたら、佐藤という女子は複数名いるかもしれない。
まぁ私も田中なんて、普通の苗字をしているので、人のことをとやかくはいえないけれど。
「そろそろホームルーム始まっちゃうな。これが最後の質問ね」
「ああ、なんでもどうぞ」
「佐藤くん、悩みを抱えていた時期があったらしいんだけど、彼が悩んでいたことに心当たりあるかな?」
これが一番訊きたかった本命の質問だ。
彼がなにかに悩みを持っていた。でもそれは、私に語りたくはないと佐藤くんは言った。
そうなると、彼の周囲にいた人たちに話を聞くしかない。
「悩み……虎が?」
高橋くんは、私の問いに目を丸くしていた。そんな話は聞いたことがないと表情が物語っていた。
「なにか、相談に乗ったりとか、溜息が多かったとか、ない?」
「いや……。あいつ、あんな調子だから、いつも何考えてるか分かんないし……。溜息どころか、表情さえろくに変わらないだろ? オレ、友達やってるけどあいつの笑った顔は見たことないもんな」
「それでよく友達だって言えるねぇ……」
私は、佐藤くんと高橋くんの光景を想像して、眉を寄せていた。
友達と一緒にいて相手が笑った顔を見たことがないなんて、信じられない話だ。
「別におかしくないだろ。一緒に勉強して、他愛ない話するだけで、十分友達だろ」
「男子ってそうなの?」
「女子は違うのか?」
素朴な疑問が口を突いて出ていた。だが、高橋くんもきょとんとした顔でこちらに同じ質問を返してくる。
私は正直なにも言えなかった。女子の友情……私には尊がすぐに思い浮かんだ。
尊とは、一緒に遊んだりして同じものを共有したりしている。そういう意味では高橋くんの語った友情論と同じなのだが、私は疎遠になった友人もいるのだ。
燐花のことを考えると、あっさりと関係が消えてしまった友人関係に、高橋くんの友情論は当てはまらない。
「佐藤くんとは今も仲いいの? クラス、別になったけど」
「クラスが違うだけじゃん。今も仲いいぞ。っつーか、最近はあいつと、一年の頃よりもっと仲良くなった気がする」
「え……? それってどういう……」
その時だ。ホームルームの開始を報せるチャイムが鳴り響いた。タイムリミットだ。
「あ、やべ。じゃあオレはいくぞ」
高橋くんは鞄を抱え、慌てながら、食堂前から駆け出していった。
私も、早く教室に行かないと、遅刻扱いにされてしまう。
高橋くんの語る佐藤くんの話は、私の知らないことばかりで、もっと色々と話を聞きたかったが、それはまた別の機会にしよう。
「あれ……」
ふと、私は高橋くんが立ち去ったあとの地面に、何かが落ちているのを見付けた。
それは小さなキーホルダーだった。
これと似たものを、どこかで見た気がする。
ジグソーパズルの、ピースを模したキーホルダー。表面にはMと描かれている。
「……これって……」
私はそれを拾い上げ、ポケットにしまい込むと、教室に向かって駆け出した。
最初のコメントを投稿しよう!