だい4わ

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だい4わ

 放課後になり、私は学校のプールの前で佐藤くんを待った。  冬時のプールは誰も寄り付かないので、ここは密談をするのに持ってこいだった。  ――ひゅうっ。  寒風が吹きつけ、私は全身をきゅっと縮ませた。  寒いことだけが、唯一この待ち合わせ場所の問題かもしれない。  金網の向こうに夏の終わりから放置されたままの汚れたプールが見える。  プールには淀んだ水の上に枯れ葉とか枝が浮かんでいて、夏に使う前に掃除する水泳部が大変だろうなあと考えていた。 「ごめん、待った?」  なんだそのデートの待ち合わせ常套句は。  私は声の主に対して、ジト目をして振り返った。  佐藤くんはガクランにマフラーを巻いていてそこに立っていた。  心無しか、頬が赤らんで見えるのは寒さのせいなのか、はたまた別の感情によるものなのか私は判別できない。  しかし、彼の表情はやっぱり教室で見ている、物静かなものだった。 (仮にも、私に恋してるなら、もうちょっと表情に出せばいいのに)  そんなことを考えてしまう。  佐藤くんは表情筋がマヒでもしてるのだろうか。あんまり感情が表に出ないらしい。  ポーカーフェイスってやつだ。見ようによってはクールにも見えるけれど、私はなんというか、やっぱり感情が芽生え始めたアンドロイドって印象を持つ。  なんとなくだけど、不器用なのかなって思ったのだ。気持ちを、伝えることとかが。 「ええと、今朝の話をしたいんだけど」 「ああ、何でも訊いてくれ」  私は、はぁと息を零した。白い塊が空気の中にできて、ふわっと溶けるみたいに消えていく。 「確認からするけど、佐藤くんが恋に落ちた原因を調査するって依頼でいいんだよね?」 「そうだ」 「好きになった人、もう一回訊いていい?」 「お前だ」  飄々とした顔で、「お前だ」と短く言葉を吐き出す彼に、私は少し眩暈を覚えた。 「正直に言って、佐藤くんが私のこと、好きだって気持ちが全然伝わってこないんだけど」 「そうか」 「いや、そうか、じゃなぁい!」  なんでこんなに他人事感覚で語っているんだ! 自分の恋心だろうがぁ! 「……ごめん。自分でもこの気持ちに戸惑っているからな。お前に伝わらないのも無理のないことだと合点した」 「冷静な自己分析ありがとう」 「だが、僕は近頃、いつもお前のことを考えている。本当だ」 「い、いつも……」  彼は真剣なまなざしをこちらに向けてくる。というか、佐藤くんの表情はいつも真面目っぽいというか、冗談が通じないような顔をしているので、底が見えない。  私も恋心なんて、よく分かってない。  もし、自分に好きな人が出来たら、その気持ちをきちんと誰かに伝えられるのか怪しいものだ。 「その、いつもっていうのは、どのくらいの頃からなの?」 「気が付いた時には……、お前の事ばかり考えていた」 「う゛っ……そ、そうですか」  殺し文句みたいな台詞を当然のように吐き出して、佐藤くんは私の瞳をじっと見つめてくる。  こんなにストレートに『私のことに興味をもってる』と言われて、こっちも気持ちが変になりそうだ。  私は冷静になろうと、いちど冷たい空気を肺に入れるため、すぅ、と大きく深呼吸した。 「その、好きになったきっかけがいつからなのか、分かったら原因が調べやすいんだけど」 「……少なくとも、一年のときは関心を持ってなかった」 「まぁ違うクラスだったし、全然接点ないからね」  自分でそう言って、その状況は二年生になってからもそこまで変わってないと気が付いた。 「ね、ねえ?」 「なんだ」 「私の、どこが好きなの?」 「分からん」 「…………」  その好きの正体を探すのが依頼なんだから、彼が首を横に振るのは理屈として分かるものだが、納得がいかない。 「好きなことは、間違いないの?」 「間違いない。田中真理が好きだ。僕は近頃、眠る前にいつもお前のことを考えている」 「や、やめてよ、恥ずかしい!」  流石にこっちが耐えられなくて私は抗議の声を上げていた。 「しかし、夢の中にも出てくる。授業中もお前のことを考えることが増えた。成績が落ちているのが証拠だ」 「し、証拠って……」  佐藤くんは小脇に抱えていた通学鞄から、二年になってからのテストをこちらに見せてきた。  一学期の中間、期末の点数平均が九十五点。  二学期の中間、期末の平均が九十点になっている。 (嫌味かこいつ……)  十分成績良いじゃないか。私は平均七十五だぞ!  たしかに、一学期よりも二学期のほうが点数は落ちているけど、中学の勉強は三年生になるほど難しくなって点数が落ち気味になると聞いてるから、この点数の低下を恋煩いと判断する証拠にはならないように思う。 「別に、好きじゃなくても誰かのことをじっくり考えることはあるよね。例えば、ほら、憎らしくてたまらない奴とか、寝る前に考えてイライラするじゃん」 「……?」  くりんと首を傾けて、不思議そうな顔をする佐藤くんに私は眼鏡をズリ落としそうになる。  そういう経験はないというのか、聖人め! 「田中はイライラすることがあるのか?」 「そりゃまぁ……このストレス社会で鬱憤溜めないほうが珍しいじゃん」 「そうか。何かできることはないか」 「い、いや、今は別にイライラしてないし!」  今はイライラよりも、やきもきしているというのが正しいけどね、犯人はお前だが! 「僕なりに恋する気持ちを調べた」  そう言って、テスト用紙を鞄にしまうと、今度はその鞄から少女漫画が数冊出てきた。  佐藤くんが持っている姿とあまりに似つかわしくなくて、私はちょっと目を丸くしていた。 「このページを見てくれ」  そう言って佐藤くんは『キミにとどろけ』という漫画のページを開いてこちらに見せた。  そこには、主人公の少女が、男の子にときめいているシーンを描いている。 「『だめだ。あたし、風谷くんにもっと近づきたい』」 「名シーンを淡々とした声で朗読するな」  佐藤くんがヒロインのモノローグを、無表情で教科書でも読むように朗読したので、私は思わず突っ込まずにいられなかった。 「こっちも見てくれ。『あの瞬間、あたしは恋に落ちてたんだ……』。『キュン』」 「オノマトペまで朗読するな」 「この、恋に落ちた瞬間を、僕は知りたい」 「佐藤くんはホントに、私に『キュン』ってしてるのか?」  あきれ顔でそう言わざるを得ない。男子が恋に落ちた時の顔なんて私は知らないが、少なくとも、この漫画のヒロインの表情と、佐藤くんの表情は雲泥の差だった。 「僕は、お前の傍に居たいと思ってる」 「……っ」  しかし、アンドロイドみたいな彼の言葉は、飾り気がない。  本心がそのまま零れ落ちたみたいな言葉だ。 「恋心だと、僕は思う」  切なそうな表情なんてまるで見せないが、優等生の彼は不器用な投手みたいに、ストレートしか投げられないのかもしれない。 「あ、あのさ、なんでその恋に落ちた原因に拘るの?」  私は彼の言葉を真っすぐ受け止められるキャッチャーにはまだなれなくて、視線をそらして淀んだプールを見た。 「ありえないからだ」 「……ありえない?」 「僕がお前に恋をすることがありえないから」 「……ケンカ売ってんのかな?」  ヒク、と口角が奇妙に引きつって、私はどうにか笑顔を保っていた。  ほんの一瞬前に、彼のことを前向きに評価した自分に対する怒りが沸いた。こんちくしょう。 「何か、あるはずなんだ。僕がお前を好きになったわけが。それを僕はどうしても調べなくちゃならない」 「なんで拘るのかの回答にはなってないわ」 「……それは、言えない」 「言えない……?」  私は佐藤くんに対して、ふざけているのかという気持ちが芽生えている最中ではあったが、彼の「言えない」という言葉だけ、妙に耳に残った。  頑なな意思が滲んで見えたのだ。  アンドロイドみたいに、感情がぼやけていて無機質な口調で語る彼の口から、初めて強い『拒否反応』を感じ取った。  私の感覚が、その瞬間、強い興味をそそられた。  探偵としての、好奇心とでも言うべきか。それとも、佐藤くんが私に惹かれた引力を感じたみたいに、私自身もまた、それを感じたのかもしれない。 「……佐藤くん」 「なんだ」 「私のこと、好きなんだよね」 「……そうだ」 「そこははっきり答えるんだね」 「間違いないからな」 「じゃあ、これって告白なんだよね」 「告白……?」  そこで、暫しの沈黙が生まれた。  乾いた風が、私と佐藤くんの体温を奪う。白い息が、塊をつくってかき消える。  目に見えない感情が、白い息のように冬場だけは見えるとしたら、この妙な感覚も明確になるのだろうか。 「私と、付き合いたいって思ってるの?」  その言葉を訊くのがとてもエネルギーを使った。  これは妙な依頼であり、告白でもある。  佐藤くんが私を好きで、そこからどうしたいのか――。  そして、私は彼にどうしたらいいのかを明確にしないと、こちらが困惑してしまう。それこそ、毎晩彼のことを考えてしまいそうになるじゃないか。 「僕は、そう思っている。でも、そのためには、どうしてもお前に恋をした原因が必要だ」 「だから、原因に拘ってるって解釈していい?」 「それでいい」 「……」  私は地面を見つめた。  少し思案する。  地面にぼんやりと、ゲーム画面みたいなウィンドウが出てきて、選択肢が表示されている気分だ。  選択肢は二つ。  その一、佐藤くんのことはほっといて、すっぱり忘れる。  その二、依頼を受け、この妙な胸騒ぎと向き合う。 「私、佐藤くんのこと良く知らないんだよね」 「そうだろうな」 「私にフラれることは考えてるの?」 「一番に考えた」  佐藤くんは言った。  その声はまた、朗読みたいに感情が見えないものだった。 「フラれてもいい。僕は、お前を好きになれたことが、嬉しかった」 「ほんと、豪速球のストレートバカだね」 「僕はバカだろうか」  成績優秀な彼は、今までそんなことを誰かから言われたことがなかったのだろう。  きょとんとした顔をして、私を見つめていた。 「依頼を受けるわ。佐藤くんの転落死の原因」 「ありがとう」  ――こうして、奇妙な依頼を引き受けた私は、冷たい風の中、妙に胸が温かくなっているのに気が付いて、頬を染めていた。  そりゃそうだ。  生まれて初めて告白されたんだ。  好きだなんて、真っ直ぐ言われて、うれしくないわけないじゃんね。  とっても奇妙な告白だったけど、それもまた、私の探偵としての好奇心を刺激したのかもしれない。
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