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西 令草 writing
露野は真面目な顔で強盗をしげしげと見つめると、彼の耳に顔を近づけヒソヒソと息の声でささやいた。
「キミ、俺のタイプだ! 金に困ってるなら・・・ここに500万円入ってるからバックごと持ってけよ。その代わりさ。明日のこの時間、この店で待ち合わせしようぜ。金ならいくらでもやるよ。いくら欲しい?1億?10億?もっとか?」
その時、コンビニバイトの山本元也が押した緊急通報システムが作動し店内には大音量の非常ベルが鳴り響いた。
驚いた強盗は霧野のクラッチバッグを奪うと一目散に店の外へ走り出て、あっという間に姿をくらました。バッグの中身が実は現金などではなく、すべて局部の鮮明なカラーコピーであることなど彼は知る由もない。
「お客さん、ありがとうございます。それより警察が来たら裸のアンタが捕まっちまいますよ・・・」
山本はオロオロしながら、そう言った。
霧野は余裕をかまして微笑みながら山本に軽く頭を下げると颯爽と正面の自動ドアから出て行った。タッチの差でパトカーが到着。事件の一部始終が写っている防犯カメラは当然のことながら警察に押収された。
コンビニ強盗を決行してしまった田中加奈太(たなかかなた・29歳・男性)は橋の下に段ボールで囲っただけの住処へ息を切らして戻ってきた。
田中は昨年の12月までドラッグストアで品出しや雑用のアルバイトをしていた。けれど30代は思い切ったことに挑戦しようとワーキングホリデーでオーストラリアに行く準備を整えた。だがコロナという予期せぬ事態が発生。もちろん渡航は無期延期。仕事を失い僅かな貯金も使い果たし、アッという間に落ちるところまで落ちた。
「そんな無謀なこと!」
ワーキングホリデーの話をした時、両親はそう言って大反対した。その時の人を蔑む親の眼差しが胸の底に張り付いている。もはや何があろうと親を頼ろうとは思わなかった。
田中はコンビニから大事に抱えたまま持ち帰ったクラッチバッグを、座り込んだ胡坐の上に下ろすと、震える指先でバッグの表面を撫でた。
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