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ソアラが意識を取り戻したのは、またルームランナーの上だった。
部屋を見回せば、冷蔵庫の前には水をぶちまけた跡がある。慌てて機械を止めて、雑巾を取りに走る。水を吸ったフローリングが多少柔らかくなっている気がしたが、すぐさま腐って抜けるほどではない。
改めて水分を補給し、雑巾を絞るついでに、風呂桶に湯を張った。
30分の入浴で快楽物質を完全に抜き、ソアラは栄養ブロックと水で「簡単な」とすら言えない夕食を済ませる。
食事も水も繭型生命維持装置内で点滴を受ければ、わざわざ自分で用意する必要はないのだが、それは気が進まなかった。
装置の扉から頭を突っ込み、内部のパネルから今日の労働時間と、それに伴う給与額を確認する。
生活費と貯蓄のノルマは達成していた。こんなものだろう。
これなら、夜勤の分は軽めでいい。
「寝てるだけの仕事っていうけど」
思ったよりハードだ、と思う。
あるいは、いちいち運動や入浴で頭をリセットしたりせず、夢の快楽に耽溺すれば、楽な仕事なのかもしれない。
そうして廃人になっても仕事はできるし、命も繋げる。
彼女達の仕事は、脳機能の貸出だ。
装置使用者の脳をネットワークに繋ぎ、夢を見る間の脳機能の大部分を雇用主に預け、必要な利用者に分配する。脳内麻薬を強制的に分泌させることで脳を活性化させ、より効率的に演算機能を引き出す。
寝ているだけで報酬発生、寝ているだけで社会貢献。
世界と自分がWin-Win。
そんな謳い文句に惹かれて始めた仕事だったが、気付けば、ソアラはもう数ヶ月、マンション一階のコンビニへ行く以外で外出もしていない。
寝て、起きて、脳を休めて。
また寝るだけの生活だ。
「……契約期間満了しないと、違約金だっけ」
繭型生命維持装置は会社からのレンタル品。契約期間を満了することで、高額なレンタル料金分の賞与が支払われる。
今やめたら、数ヶ月分の給料と差し引いても大赤字だ。
それまで自分は自分でいられるだろうか。
ソアラはぼんやりと考えたが、答えは出ない。
部屋のカーテンを締め、彼女はまた装置の内に身を収めた。
<了>
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